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不良の本音、罪の心。振り込め詐欺を“熱心に働く”のはなぜか?

2016.05.12
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──「龍真……。お前、欲しいものって何?
「家」
今度は思わずスギが吹き出す。
「家ってなんだよ。どんだけ稼いだって俺らみたいなガキが家なんか買ったらソッコ足つくから無理だなって、前にみんなで話したじゃん」
「じゃ、夢」
(略)
「夢か……。今さら?」
「今さらって、何だよスギ。今まで俺ら夢とか考えたときなかったんじゃねえの?」
「そういうこと言えるのが、お前のスゲーところだよ」──

主人公の須藤龍真と仲間の杉田啓介がかわす、こういう会話がストンと腑に落ちるのがこのドキュメントの優れたところだと思います。不良と呼ばれる少年たちと同じ視点に立ち、彼らが見ている先を、すぐ横に座って一緒に見つめている鈴木さんの姿が思い浮かびます。“本音”などというもの以上のリアリティが感じられます。これが不良が鈴木さんに感じるシンパシーであり、鈴木さんの“優しさ”のあらわれのように思えます。

龍真のインタビューからはこんな言葉も引き出しています。

──不公平だなって思いましたよね。ある程度、親とかしっかりしてるヤツはそもそも鑑別で抜けるし、少年院に来ても保護観察つけて早めに出てけるんですよ。少年院で運動会やるんだけど、親が見に来るヤツとそうでないヤツで、卒業のタイミング違う。運動会に親つっても、ヤクザとヤンキーの集会みたいですけどね。俺ら、親なんか来るわけねえし、だからマックス(満期)じゃないっすか。そうそう俺、『クローズ』って漫画嫌いなんですよ。漫画喫茶で全巻読んでポイしましたね。イラッときました。不良、不良とかって、高校に通えてるヤツが不良とか意味わかんねーし。他のヤンキー漫画みたいのとかみんなほとんど高校行ってたりで、クソだなって。不良高校行かねーよ。そういう話をスギやサイケたちとして、俺ら高校行くとか考えたこと一度もないし、そういう選択肢ないじゃないですか。──

“家(=居場所)”のない少年には“友達”しかいません。登場する中国人マフィアのひとりから龍真はこんはことを言われます。「お前らは本当に、友達以外に何もないんだな」と。“友達”がキーワードなのでしょう、龍真は友達のために将来のことをしきりに考えてきました。それが肉体的には一番弱そうな龍真をリーダー格に押し上げたのです。

つかの間の犯罪と享楽に陥りがちな“友達”を見ながらも、自分たちの将来を考え続ける龍真。どのような未来を描けるのか……それは自分の“帰属”する先を探し求めることと同じことでした。

とはいっても彼らの住んでいた世界が犯罪の世界であることは明らかです。龍真以外でもこの本ではさまざまな犯罪に手を染めている少年たちが登場します。売春、ドラッグ、恐喝、偽造、ヤミ金融……その中のひとつ、振り込め詐欺では詐欺師の「日記」が登場します。詐欺を仕事と考え、責任感(?)を持って従事している不良。「逮捕されることを含めて、仕事」と考えているようなそぶりさえみせます。鈴木さんには、それは「会社組織の中でがむしゃらに仕事に集中する熱血新人サラリーマン」と同じような姿に見えたのです。

犯罪が大きく変化したのかもしれません。この変化をもたらした大きな要因のひとつが携帯電話の出現でした。これは犯罪の質を変え、犯罪にはしる不良たちの意識に大きな影響を与えたのです。それまでと違う犯罪の仕組み、あるいは犯罪の背後にある集団(ヤクザ等)との関わりかたに変化をもたらしました。乱暴にいうと後ろ盾がなくても犯罪にはしることが可能になったのです。

──社会には治安と秩序が必要だ。だが犯罪者が犯罪者である背景を知らずに、単に「けしからん」と切り捨てるような良識ある者こそが、僕は世に犯罪を蔓延(はびこ)らせる頑強だと考えている。良識、無理解、差別、疎外、排除。社会のゴミと罵(ののし)られ、ブタ箱に突っ込まれる少年たち。彼らから可能性を奪ったのは、誰か。彼らが本当に助けを求めていた時に救えなかったのは、誰か。──

この鈴木さんの自省ともいえる姿勢が、この本を不良少年のレポート、ドキュメント以上のものにしています。それは「ものすごく長いあとがき」を読んでもらえればわかると思います。

過酷な幼少期、複雑な家庭環境や貧困の中で彼らは“公正”に扱われてこなかったことは確かです。「ものすごく長いあとがき」の最終部近くに、「本当に、本当に、この世は不公平に満ちている。」で始まる20行の文章があります。そこには鈴木さんの憤怒の声があります。犯罪以前に「そのベースに横たわる理不尽と不平等と不幸を正すこと」、私たちはまずそこから始めなければならないのです。彼らがいられる“場所”をつくること、公平とはなにかを考え求め続けること、それらがどれほど重要なことなのかを強く感じさせるものがあります。

本をあとがきから読むことはしばしばありますが、このようなあとがきは読んだことがありません。不良への共感能力、愛情、そして正すものは正すという強い意志を感じさえるものでした。名文です。ぜひ手に取ってください。そして耳を澄ませてください。

鈴木さんがストーリーを共同制作しているコミック『ギャングース』もこの本を読んでから見てみると、どこか登場人物たちが今までと違って感じられると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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