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データで見る「税の不公正」。貧富、教育格差を生む元凶とは?

2016.05.09
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タックス・ヘイブン(租税回避地)はなにが問題なのでしょうか。必ずしも違法ではない場合があります。では道義的な問題なのでしょうか。それもあるかもしれません。けれど、これは社会的な問題なのです。税負担の不公正によって格差の拡大を広げていくことになるからです。

──すべての国民は、国家の提供する教育、医療、外交、防衛などさまざまな利用している。これらはいわゆる公共財である。公共財の利用において一般国民と富裕層や多国籍企業に違いはない。──

けれどタックス・ヘイブンはこの公共財を創出する“税負担”に不平等をもたらしています。

本来“税負担”に関しては二つの方面から考える必要があります。「水平的公正性」と「垂直的公正性」です。条件が同一の人々には同一の税を課すのが「水平的公正性」であり、所得の大きさに応じて税を応分に負担することが「垂直的公正性」というものです。

ところが「近年、税制はフラット化している」と深見さんは警鐘を鳴らしています。「フラット化とは平準化」のことであり、「フラット化する以前は税の公正性はそれなりに担保」されていました。けれどフラット化は税負担の「垂直的公正性」をないがしろにしてきたのです。これをもたらしたのが「新自由主義による経済政策」でした。「富裕層の税負担は、フラット化によって、以前に比べて著しく軽減」されるようになったのです。

タックス・ヘイブンを利用できる大企業や富裕層が“税負担”の「垂直的公正性」を著しく失わせていることはすぐにわかると思います。この本ではタックス・ヘイブンの実態をアドビ、グーグル等の企業の手法を紹介しながら詳述されています。とても興味深いものです。

さらに深見さんは日本の「銀行口座に関する不透明さ」などのFATF(Finacial Action Task Justice)やTJN(Tax Justice Network)の調査指標が「タックス・ヘイブンはエキゾチックな南海の孤島にあるのではなく、『世界最大にして豊かな』経済先進国こそがタックス・ヘイブンそのものだ」ということを示していることを紹介しています。そして「日本にもタックス・ヘイブンへの入り口がある。法人税の減税が叫ばれ、『底辺への競争』に参加しつつあるわが国は、多国間での税務情報交換に積極的に参加しているにもかかわらず、それとは裏腹にタックス・ヘイブンに接近しつつあるというのが実態だ」としるしています。この「タックス・ヘイブンとは何か」の章ではパナマ文書が示していることがどのようなことなのか、それは単なるスキャンダルだけではなく“税負担の公正性”につながるもので、再考を要するものだということを丁寧に解説しています。

けれど日本の税制の本質的な問題はタックス・ヘイブン化にあるわけではありません。新自由主義に基づいた経済政策をとっていることにあります。この政策の最もわかりやすい誤謬がトリクルダウンという幻想です。これは旗振り役だった竹中平蔵自身が自ら否定したことでも誤謬だということが分かると思います。トリクルダウンどころか、富めるものはもっと豊かに、貧しい者はさらに貧しく、という結果にしかなりませんでした。

企業を活性化させる成長戦略、それに続く実質賃金上昇をうたった法人税減税も大きな落とし穴があります。もともと「法人税は、税が最終的に誰の負担となるのかという、税の帰着という点で、真の負担者が実は曖昧である」ということがいわれていますが……。

──法人税減税を考える場合、減税の効果がどの部門にどれだけの波及的な恩恵を与えるのか、すなわち税の帰着先がどこなのかを見極めることは重要である。そう考えると、結果的に法人税減税は富裕層を中心とする個人株主への優遇策と考えるのが素直である。──

軽減税率についてもこう指摘しています。「軽減税率は庶民だけでなく富裕層にも同様の恩恵を提供するという意味で消費税の抑制することにはつながらず、むしろ消費量の多い富裕層の優遇措置にもなりかねない」と。

──新自由主義政策に基づく税のフラット化を通じて所得税、法人税の累進性が削がれた結果、高齢化社会に向けての社会保障の充実は、消費税、相続税などに依存する比重が大きくなっている。しかもその負担増を受け止めるべき富裕層と多国籍企業は優遇等による政策誘導にもかかわらず、国内での課税を巧みに逃れている。この結果、そのような手段を取れない勤労庶民と国内中小企業だけが社会保障の負担を強いられる傾向にあり、消費税増税などによって、この傾向はますます拡大している。──

富裕層と多国籍企業は事実上のフリーライダーとなっているのです。経済格差を広げることを容認するような経済政策は転換しなければなりません。必要なのは「再分配政策の推進」なのです。

──経済格差は、教育の格差を生み、そしてそれが職業格差へと繋がってゆく。これが世代を超えて継続すると将来、大きな社会問題へ発展するだろう。この状況は、かつて身分によって就ける仕事が制限されていた江戸時代の封建社会に限りなく似ている。身分の代わりを所得が果たしているだけである。──

この本は詳細なデータに基づいて社会的公正性(税制)の現状を明らかにしているものです。私たちがどのような経済体制に置かれているのか考え直すためにもぜひ読んでほしいと思います、「公正性」とは何かを考え直すためにも。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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