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「勝新と雷蔵の同期入社でした」映画ファン感涙のスタア全史

2016.05.07
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〝スタア〟であって〝スター〟ではない。〝銀幕〟(と呼ばれていたスクリーン)で観客を魅了した人たちは〝スタア〟という表記のほうがふさわしい気がします。

この本は映画が戦後の娯楽の王者だった頃、ワンマン、ラッパと呼ばれた永田雅一氏が率いた大映の宣伝マンであった中島さんの回想録です。大映映画の作品はケーブルテレビではしばしば放送されていますので大映のマークには見覚えのある人は多いと思います。

この大映映画ですが、戦後の作品では『羅生門』『雨月物語』『ぼんち』『ガメラシリーズ』『悪名シリーズ』『大魔神シリーズ』『眠狂四郎シリーズ』『白い巨塔』『座頭市シリーズ』などがあります。海外で高く評価された作品も数多くありました。

李香蘭(山口淑子)にあこがれて映画界をめざした中島さんは、昭和29年に大映に宣伝部員として入社します。同期入社はなんと市川雷蔵と勝新太郎でした。九州の宣伝部員として働くことになった中島さんは、『野火』のプロモーションの時には実際の戦車(!)を博多の町に走らせたりとスケールの大きい宣伝企画をしたそうです(さすがにあとで警察にこっぴどくしかられたそうですが)。

当時はスタアの舞踊や歌謡ショーなどの実演興業も多かったそうですが、その興行の成功のために八面六臂の大活躍した話や、興業で親しくなったスタアたちとの交流の話など、たくさんのエピソードが収録されています。読み出したら止まらないおもしろさがあふれている本です。秘蔵の写真も数多く収録され、映画(邦画)ファンにはこたえられない1冊だと思います。

登場するスタアの数も半端じゃありません。女優さんでは、若尾文子さんから始まって山本富士子さん、京マチ子さん、藤村志保さん、叶順子さん、渚まゆみさん、中村玉緒さん、渥美まりさん、松坂慶子さん、関根恵子(現・高橋惠子)さん、浅丘ルリ子さんなどなど。男優では同期入社の雷蔵さん、勝新さんから船越英二さん、川崎敬三さん、根上淳さん、本郷功次郎さん、藤巻淳さん、田宮二郎さん、峰岸徹さん……と続く多くのスタアが登場します。だれもが唯一無二のスタアばかりです。

この本で取り上げられたどのスタアのエピソードは残らず紹介したいくらいです。でもここでは少しだけ……。

〝同期生〟の市川雷蔵さんと勝新太郎さんの対照的な姿がとても心に残ります。読んでいると、根っからハデ好きな勝新さんと対照的な控えめで静かな雷蔵さんのたたずまいが浮かんでくるようです。どこにいても分かる勝新さんに比べて雷蔵さんは「─―近眼の彼は普段は眼鏡をかけていたが、加えて普通のシャツにジャケットという格好で町をあるけば、だれ一人として市川雷蔵その人だと気づかないだろう。どこかの真面目なサラリーマンで通るほど地味で、オーラも消える」ようだったそうです。

確かに収録されている素顔の雷蔵さんのスナップを見ると肯けるものがあります。「ところがひとたびメークをして撮影現場に入るやいなや、これほど美しい男はいないと思うまでにガラリと変わる。男の色気と大スターのオーラが馥郁(ふくいく)と彼を包む」という中島さんの一文が実によく分かります。

雷蔵さんは、永田社長に気に入られ、本人も自覚していたのでしょうが、大映を背負って立つという責任感・使命感のために病を押して出演を続け37歳の若さで逝去してしまいます。雷蔵さんの逸話を綴る中島さんにはいつまでも彼を悼む気持ち、無念さが感じられ読むものの心にもしみこんできます。

そして仲はよかったもののライバル心を燃やし続けた勝新太郎さん、雷蔵さんに比べれば遅咲き(?)だった勝新さんですが、売れなかったころからすでに豪快な遊びっぷりをしていたようです。そして中村玉緒さんとの夫婦喧嘩っぷりもなかなか豪快です。その場にいた中島さんのあせる気持ちが伝わってきます。目に浮かぶようです(このエピソードは「勝新太郎夫妻、新婚の田宮二郎夫妻を伴う」で紹介されています)。

田宮二郎さんも不幸な最期を迎えましたが、勝さんと組んだ『悪名シリーズ』での軽妙な演技、後に彼の代名詞ともなった『白い巨塔』での財前役は忘れられません。田宮さんが不幸な最期を迎える遠因ともなったのが悪名高い〝五社協定〟というものでした。

この五社協定は田宮二郎さんだけでなく、山本富士子さんも苦しめ、それどころかこの協定の先導役だった永田雅一氏の大映自身の「首を絞めること」になったのです。邦画史を語る上で避けては通れないこの協定の実態を功罪ともに中島さんは公平に記しています。戦後日本映画の裏面史となっている記述です。

考えてみれば大映というのは不思議な会社で、役員には川口松太郎さん、溝口健二さん、衣笠貞之助さん、長谷川一夫さんが重役に名を連ね、加賀まりこさんの父上が宣伝部長でした。また重役のひとりだった松山さんという人が「ゴールデンウイーク」の命名者だったそうです。実は、『自由学校』という作品を売り出すための宣伝合戦の中で使われたキャッチフレーズが「ゴールデンウイーク」というというものだったのです。映画が強く、熱く、社会に大きな影響をあたえていた時代だったということがうかがえる挿話です。

女優さんたちのエピソードを紹介すると、まるごと引用しなければならないほど、たくさんのものが収められています。若尾文子さんがどのようにスタアの道を歩んでいったのか、浅丘ルリ子さんの優しい心遣い、関根、松坂ふたりの〝けいこ〟の登場など読み出したら止まらないエピソードがあふれています。ぜひ手に取ってみてください。そしてこの本が一宣伝マンの回顧録ということを超えて役者を通して描いた戦後日本映画の盛衰史となっていることが分かると思います。映画への愛情あふれる名著です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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