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頭が良くなる議論とは? 「取り下げ力」「質問力」で勝負する

頭が良くなる議論の技術
(著:齋藤孝)
2016.04.14
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政治資金との関連で、しばしば民主主義のコストということがいわれていますが、コストというものは資金だけではありません。民主主義のコストの最たるものは〝時間〟です。時間がかかるというのが、あるいは時間をかけるというのが民主主義になによりも必要なことだと思います。何に時間をかけるかといえばもちろん〝議論〟です。民主主義、議会主義を支えているものはなによりも〝議論〟なのです。

そして〝議論〟についてこれほど微細に分析し、方法を組み立てたものはありません。

日本人は議論が苦手だとはよく言われてきました。そのひとつに「人間関係を尊重しすぎるという一面があります。(略)『この人との人間関係を壊したくないな』という気持ちが先に立ってしまい、議論の場での自由な発言を自ら封じてしまうという傾向」があります。これは同調圧力にもなりかねないものです。

では同調圧力となる場の雰囲気や空気を無視してドライに発言すればいいのでしょうか。ことがらはそんなに簡単ではありません。

──議論というのは、理論や理屈の上でやり取りしているように見えますが、実は個々人の主張のしたには「感情」や「利益」、「価値判断」や「それぞれの事情」が渦巻いているのです。そこを見極めながら議論しないと、相手に不快感を与えたまま議論を終えることになってしまいます。──(本書から)

どのような結論に達しようと相手に不快感を与えたままだと、日本ではその後の進め方がスムーズに行かないこともままあることだと思います。ではどうすればよいか。斎藤さんが提案しているのは「情と論理のディスカッション」というものです。

──日本社会で議論をコントロールしようと思うなら、右手に正統な古代ギリシア以来の西洋の議論の技術を携え、左手では日本的な情の部分を優しく扱わなければなりません。──(本書から)

このために必要なのが「ファシリテーター」という役割を持つ人の存在です。ファシリテーターとは「議論の場で参加者同士のコミュニケーションがスムーズに進むように立ち回り、合意形成に向けて全体をリードしていく人」のことです。

日本では上下関係から「上司が進行役」になる場合が多く見られます。その時にはどうすればよいか。齋藤さんは次のような具体案を出しています。進行役は上司以外にして、上司は「ホワイトボードへの板書を担当」することがいいと。つまり「整理役としてのファシリテーター」に徹すればいいわけです。

さらにファシリテーターに大切なものとして「明るさ」ということがあげられています。なぜなら議論の場では「フォーマルな空気とインフォーマルな空気を上手く使い分けることが必要」となってくるからです。「明るさ」を議論の場に持ち込むことで、無用な軋轢(あつれき)や私情に陥ることなく闊達な議論ができる雰囲気を作ることができるからです。

それ以外でもファシリテーターはどう振る舞うべきか、多くの具体例がこの本では取り上げられています。どれも参考になると思います。今からすぐに活用したくなります。

さらに進んで、齋藤さんは議論力を上げるための5つの力を取り上げています。「取り下げ力」「整理力(要約力)」「コーディネータ力」「メタ視点力」「メタ議論力」です。詳細は本の中で述べられていますが、この中でも「取り下げ力」というのは心がけた方がいいと思います。「取り下げ力」が必要な理由は「利益の大本を一つにする」ということと「相手の主張に柔軟に対処する」ということにつながり、それが議論の場では極めて重要なこととなっています。

議論は相手を打ち負かすことでも、自己の主張に相手を従わせるためにあるものではありません。そこにあるのは「弁証法的な対話」で、より良い結論に導くために行われるものです。それをふまえて齋藤さんは一歩進んで「スポーツとしての議論」ということを提唱しています。

こうした5つの議論力を心がけたうえで出てくるのが「質問力」です。なんのための議論の場なのか、ここで議論される目的はなんなのか、それがどのような効果(結果)をもたらすのか等を明らかにできるのは「質問力」にかかっています。もちろん「情と論理のディスカッション」を踏まえてであるのはいうまでもありません。

齋藤さんは議論をすることで頭が良くなると語っていますが、確かにこの本の議論力の鍛え方は頭を良くすると思います。と同時に私たちの周りにある議論の多くが〝頭の悪いもの(他者を無視する等)〟に満ちているのかも気づかせてくれます。

この本を読んで、国会等の議論を見てみると、私たちがどのようなレベルの議論を見せられているのかがよく分かります。意見の出し合いだけで異論は無視されている、なにもかみ合わない、相手に言わせたというアリバイだけの時間つぶしほど主権者をバカにしているものはないと言っていいと思います。民主主義がどのようなものの上になりたっているのか、どのように〝議論〟をすることで民主主義を実現できるのかを知るためにも新しく選挙権を持つことになった人たちにはぜひ読んでほしい1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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