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手塚治虫のアニメ観。宮崎駿が「悪い点」と指摘した暗黒面

フィルムは生きている
(著:手塚治虫)
2016.04.09
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わが国において、アニメ作品が世界に先んじて発展し、人材・ノウハウともに育成する術を備えていることはまぎれもない事実である。また、わが国の歴代映画興行成績ランキングをひもとけば、第一位に『千と千尋の神隠し』が掲げられ、多くのアニメ作品がランクインしているのを見ることができる(『千と千尋』は『タイタニック』より『ハリー・ポッター』より多くの人が見ているのだ!)。日本製のアニメは経済的にも大きな利潤をもたらすものとして認識されているのだ。

その礎には、手塚治虫の名が刻まれている。単なるアニメ原作者としてではない。日本初の国産テレビアニメ『鉄腕アトム』を作った虫プロダクションのオーナーとして記録されているのだ。しかも手塚は、ただの社長じゃない。スタッフの誰よりも卓越したテクニックをもった、優秀なアニメーターでもあった。

マンガにおいては「神様」と呼ばれ、その名に恥じぬ優れた作品をいくつも残した手塚であるが、ことアニメ作家としては、功罪が相半ばするとの意見が多い。弟子に当たる宮崎駿は、ハッキリと「手塚アニメには悪い点があった」と語っている。

アニメは、マンガとは違う。関わる人間の数がまったく違う。アニメ作品をつくるには、どうしたってたくさんの人間の力を必要とする。どんなものでもそうだが、大きなことを成すためには、ひとりではできない。ことが大きければ大きいほど、多数の人間の力が必要になる。そして、多くの人間を円滑に動かすためにもっとも必要なのは、ハッキリ言おう、カネである。

チームワークとか士気とかは、そこが充実してから話題にすべきことなのだ。じゅうぶんな報酬を与えていれば、人は文句を言わず仕事をする。会社から軍隊に至るまで、組織運営でもっとも重要なのは「カネがあること」だ。

手塚にも、そのことはわかっていた。本作にも、「アニメをつくるにはお金が必要」と述べられている。その「お金」には当然、人件費もふくまれていただろう。しかし、聞こえてくる虫プロダクションの状況を察するに、その認識はずいぶん甘かったというほかはない。

手塚はテレビアニメ『鉄腕アトム』をとても安い値段で請け負った。たぶん、じゅうぶんな制作費を主張しては番組枠をもらえなかったのだろう。その幅寄せは、まずアニメーターの人件費となって現れた。彼らは安い値段でこき使われた。

手塚はアニメ作品のために、惜しげもなく私財を投入したという。マンガ家としても相当な多忙だったはずなのに、アニメーターとしての仕事もこなしていたという。私財を投げ打ち、寸暇を惜しんで仕事をする社長の会社で、社員がもっと給料よこせと言えるだろうか。休みをくれと言えるだろうか。

一説によれば、今でも若手アニメーターの平均年収は200万円以下だという。まさにブラック企業だ。こうした雇用が当然のものとなったのは、手塚の罪が大きい。

本作には、主人公の師匠であるアニメ作家が「こんなものは化け物の動きだ!」とスタッフをしかり飛ばすシーンがある。工数を削減し、絵の枚数を減らせば、アニメのキャラクターの動きは化け物のようになる。手塚はここでそれを批判しているのだが、アニメ作品『鉄腕アトム』では自分もその轍を踏まざるを得なかった。制作費と制作時間の不足は、アトムはじめ多くのキャラクターに「化け物の動き」を強いた(ちなみに、この師匠はカネをかけすぎたせいでアニメの制作現場を追いやられてしまう)。

アニメ作家としての手塚には、功罪それぞれがあった。「功」はもちろんあったけれど、「罪」もたくさんあったのである。しかし、その志の高さは、誰にも批判できないだろう。それは、この作品にハッキリと描かれている。

掲載誌が少年誌(大人から子供まで、多くの人の目にふれ、発行部数も多い)ではなく、『中学一年コース』『中学二年コース』だったことも大きいのだろう。読者層・読者数が限定されているからこそ、このテーマが可能になった。また、中学1、2年、すなわちそろそろ将来のことも考えはじめる年齢の少年少女にこそ、こういう職業もあるんだと知って欲しい、という思い大きかったはずだ。

主人公は、アニメーター志望の少年である。彼はやがて、トップ少年誌で1位をとる優れたマンガ家として成長するが、それは彼の希望ではなかった。彼の目標は、自分の絵を動かすこと。「マンガ家」ではなく「マンガ映画作家(作中の表現)」になることだったのだ。

経済的なうるおいは、彼を満足させなかった。さらに、重度の目の病が、彼を襲う。彼は盲目になってしまうのだ。目が見えないのにアニメ作品をつくるなんてできるもんか! 少年は世をはかなんで自殺しようとする。そんな彼を踏みとどまらせたのは、ベートーヴェンの「ハイリゲンシュタットの遺書」だった。ベートーヴェンは耳が聞こえなくなっても優れた音楽をつくり続けた。目の見えないアニメ作家だって、立場は同じはずだ。

たとえ目が見えなくなっても描き続ける。アニメ以外の方法で得た経済的利潤など、なんの意味もない。

この作品にはアニメにかける手塚の夢と希望、さらには情熱のすべてが余すところなく表現されている。

そういえば、手塚の遺作も、ベートーヴェン伝である『ルードヴィヒ・B』だった。彼の脳裏に、生涯を通じて「耳が聞こえなくても音楽を作り続ける音楽家」の姿があったことはまちがいない。ついでみたいに言うが、この作品はストーリーマンガとしてもたいへん優れている。あまり有名ではないけれど、多くの人にふれて欲しい作品のひとつである。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。

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