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【理想のパン屋】利潤を求めず、天然麹菌で作り続けるには?

2016.04.07
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「腐る経済」とはなんのことでしょうか。

──自然界のあらゆるものは、時間とともに姿を変え、いずれは土に還る。それが「腐る」ということだ。その変化の仕方には、大きくふたつある。「発酵」と「腐敗」──。それを引き起こすのが「菌」の働きだ。──(本書から)

パン屋を営む渡邉さんには「発酵」と「腐敗」という現象は確かに「自然の摂理」にかなったものです。けれどパン屋さんになるまでの生活、あるいはパン屋修行中の生活を振り返ってあることに気づかされました。この「自然の摂理」に反しているものがあるじゃないか、と。それが「けっして腐らずにむしろどんどん増え続ける」おカネというものです。

──おカネは「腐らない」ばかりか、資本主義経済のなかで「利潤」を生み、金融を媒介にして、「信用創造」と「利子」の力でどんどん増えていく。かたちあるものはいつか滅び、土へ還るのが、自然界の抗(あらが)いがたい法則なのに、おカネはそもそも、そこから外れ、どこまでも増え続ける特殊な性質をもっている。そのおカネの不自然さが、社会にさまざまな問題をもたらしている。──(本書から)

「発酵」、「腐敗」という自然過程と格闘しながら美味しいパン作りにいそしんでいる渡邉さんには「腐らない」おカネの増殖が目的となっている資本主義の〝反自然性〟はどこか歪んでいるのではないかと考えました。そしてこの疑問を解くための鍵となったのがマルクスの『資本論』でした。自分が従事してきた(いる)労働(=仕事)とはなんだったのか。ものを作るとはどういうことなのか。売るとは、商品とはどのようなものなのか、利潤とはなんなのかを「菌」という“自然”と格闘しながら、「お金」という“非自然”なものの正体を考え続けました。そしてこの本ができあがったのです。

この本の魅力はふたつあります。もちろんひとつはパン作りに賭けた渡邉さんの奮闘記です。「イチから天然酵母をおこして」作る理想のパンに向けての渡邉さんの挑戦はパンに関心のある人、パンが好きな人には見のがせないものがあります。

いつやって来るかわからない天然の「菌」を待つ時間、やって来た「菌」がどのように姿を変えてくるのか、どのような変化を小麦にもたらせてくれるのか。予測できない日々が続きます。「発酵」にならず「腐敗」への道を歩んでしまった素材の運命……。ひとつひとつ根気よく注意深く「菌の声」を聞きながら試行錯誤しながらのパン作りでした。待ちわびてやっと出会った素晴らしい「菌」も、油断するとそっぽを向いてしまうこともあるようです。昨日まではちゃんと膨らませてくれた「菌」だったのに、わずか1日おいた今日はダメだったこともありました。

そしてついに「天然菌」でのパン作りが成功する時がやってきました。でもそれがゴールではありません。「菌」の力、「発酵」に魅せられた渡邉さんの挑戦は続きます。次に挑んだのは「天然麹菌」でのパン作りでした。

この渡邉さんの奮闘は“自然”とは何かを追っていくものでもあります。そして当然のようにたどり着いたのが「菌」だけでなく「水」、それにはぐくまれた素材を生かした田舎でのパン作りでした。

この「菌」との格闘が渡邉さんに教えたものが「自然=腐敗」という視点から見た「経済」の解明です。これがもうひとつのこの本の魅力です。

──「腐らない」現代の資本主義経済は、恐慌もバブル崩壊の許容しようとしない。財政出動(赤字国債)や金融政策(ゼロ金利政策・量的緩和)で、おカネという名の肥料を大量にバラ撒いて、どこまでも経済を肥やせ続けようとする。一方で食の世界では、肥料の大量投入で生命力の弱い作物をつくり出し、それを「腐敗させない」ために、強力な純粋培養菌を開発して外から「菌」をつぎ込み(「借菌」)、さらに添加物を使い、食べものを「腐らせない」ようにする。──(本書から)

もちろん“経済成長”もおカネの増殖を目的としているものです。その増殖を止めるために渡邉さんは独特のお店の経営を試みます。それは「利潤を求めない」という経営理念です。それがどのようにして可能なのか。まず「利潤」という前提を疑ってみることから始まります。なんのための利潤なのか、それは「生産規模を拡大して資本を増やしていくためでしかない」ということにいたります。これは「自然=腐敗」を先送りすることでしかありません。

使用価値、交換価値、商品、労働力などについて、渡邉さんは「菌」からつかんだものを自分の言葉で語っています。さらには職人というありかたについても。それは「経済」というものが生きたものであることを私たちにあらためて考えさせてくれます。と同時に「経済学」がなぜ“無味乾燥”に思えるのかも気づかせてくれます。金融工学に代表される経済理論が“無味乾燥”なのは文字通り「発酵(=腐敗)」できない「不自然」なものなのだからかもしれません。それが「自然」に感じるとしたら、私たち自身が「自然」を見失っているからなのでしょうか。「『借菌』も『借金』も構造は同じ。『借菌』が『腐らない』食べものを生み、『借菌』が『腐らない』経済を生む。自然の営みから大きく外れた不自然な悪循環」の中にいるのかもしれません。渡邉さんの奮戦記を読み進めると世界が違って見えてくるように思います。

もうひとつこの本の魅力を付け加えることがありました。「酒種パンができるまで」と題された10枚のステキなイラストです。絶対パンを作りたくなると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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