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【竹中平蔵の正体】小泉以来、日本経済を翻弄する黒い欲望!

2016.04.04
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経済学者というには生臭く軽い言動、政商と呼ぶにはダイナミズムが足りない……この男は何者なのか……。この本がじっくりとその人・竹中平蔵の素顔を描き出していきます。

言動の軽さということでいえば、今年の初めのテレビ番組で「トリクルダウンなんてありえない。待ってるだけでいいわけがない」と発言してメディアで話題になりました。トリクルダウンなんて、もともとうさんくさいものですが、竹中氏はそれを主張していたはずっだったのですが……。

調べてみると、「2013年に出版された『ちょっと待って!竹中先生、アベノミクスは本当に間違ってませんね?』(ワニブックス)でも、竹中氏は〈企業が収益を上げ、日本の経済が上向きになったら、必ず、庶民にも恩恵が来ますよ〉と言い切っている」(『日刊現代デジタル』2016年1月4日より)という記事が見つかりました。竹中氏自身は著書の中であきらかにトリクルダウンの効果を認め、広めていたのです。

小泉純一郎元首相の〝構造改革〟と切っても切れない関係がある竹中氏ですが、この〝構造改革〟は当時(2001年)から経済学者クルーグマン氏によって厳しく批判されていました。

──構造改革による「供給(サプライ)サイド」改革(クルーグマンに対して例示したのは規制緩和や民営化)は、やがては「需要サイド」にも効果を及ぼすはずだというのが竹中の理屈だった。それはあくまで「長期的」な展望であり、しかも構造改革が実行されれば、企業のリストラにともなう失業者の増加が予想されるから、「長期的」に見ても逆の効果、つまり、需要サイドにマイナス効果を与えることが十分考えられる。むしろ大胆な改革を行うほど後者のシナリオが実現する危険は高くなる。竹中の主張には経済学的論拠が薄弱だった。竹中が主張する「構造改革」をほんとうに実行するなら、「構造改革か、さもなくば破滅」という二者択一どころか、「構造改革による破滅」を導くだけだろうと、までクルーグマンは警告していた。──(本書より)

この本でも野口旭氏が指摘していたように、〝構造改革〟は実際には「政治的な戦略判断」で進められたものでした。もちろん「政治的な戦略判断」をしたのは小泉純一郎元総理です。そして「官から民へ」「改革なくして成長なし」という小泉氏の政策を実行したのが竹中氏でした。この〝構造改革〟で肝心なのは「医療、介護、福祉、教育など従来主として公的ないしは非営利の主体によって供給されてきた分野に競争原理を導入する」ことにあります。そこにはさまざまな利権が発生してきます。

なにが竹中氏のような人物を作り上げたのでしょう。彼は銀行員から出発して経済学者へ転身します。学者といっても経済理論の追求ではなく経済政策・国家政策に関わることに早くから関心を寄せていました。経済学者というのもそのために必要な肩書きだったのです(博士号をめぐるやりとりが詳説されています)。

彼の大きな転機となったアメリカへの留学、そこで竹中氏が見たものは、多くの経済学者たちが多額の報酬を受けて政策立案者として政府、政党あるいは企業の研究機関に参加している姿でした。それを目の当たりにして彼の関心は政策コンサルタントとして活動することに向けられたのです。帰国後、竹中氏は自ら政治家に接近します。政策コンサルタント業としては与党(自民党)、野党(旧・民主党、現・民進党)のどちらにもシンクタンクを設立させ、同時に主催していました。「抜け目ない知的起業家」という竹中平蔵の始まりです。

そして彼を重用した小泉純一郎元首相のもとで、金融再編、郵政民営化に象徴される〝構造改革〟の旗振り役となったのです。竹中氏の銀行界への敵意とも思えるような金融再編案をめぐるやりとりはこの本のクライマックスのひとつです。そこで描かれたりそな銀行をめぐる「自らの手は汚さず、監査法人を指嗾(しそう)して銀行を破綻させ、公的資金投入を実現する──その戦略」は企業小説を読んでいるかのようです。

このりそな銀行をめぐる経過で明らかになったのは実は「株主からすれば、『りそな破綻』ではなく、『りそな救済』だった」のです。なぜなら、なんら「ペナルティーを科されず、政府から二兆円もの資金支援」を受けることができたからです。そして誰よりもこの処理を大歓迎したのが「海外投資家たち」でした。

竹中氏の言動には常にアメリカの影が見て取れます。留学時代に培ったアメリカ人脈は政策コンサルタント業としても彼の重要な〝資産〟となっていました。その一方でそれはアメリカの意向を竹中氏に伝えていたものでもあったようです。竹中氏の施策提案にはそれが反映していたとも思えます(その一例が紹介されています)。

政策に関与するようになった竹中氏に政界からこのような批判が出されました。
──竹中氏は「族議員と官僚のゆがんだ政策を正すために民間の有識者を政策決定のなかに入れている」という。では公の領域で自らの利益をはかろうとする人間はゆがんでいないのか。官僚と族議員がゆがんでいて財界人は全部まっとうだといういい加減な理屈は成り立たない。──(本書より)

正論だと思います。竹中氏の政策提案には利権・私益の匂いが感じられてなりません。正規雇用、非正規雇用の問題を語っても、竹中氏の言論には経済学者だけでなくパソナ会長としての顔も見え隠れします。佐々木さんが記しているように「竹中の話には、日本社会の改革を語りながら、パソナの市場開拓戦略にもなっている」のです。

共同研究者の成果を収録しながら共同名でなく単著と出版した時から、つまり学者としての出発点から竹中氏には黒い影がつきまとっています。彼の持つ強い上昇志向はどこからやってきたのでしょうか。佐々木さんは彼の幼少期にその遠因を求めているようです。そのことを含め、この本は、いつの間にか改革派のリーダーとなり「改革」を売り物にし「市場化の伝道師」を続けている竹中氏の実像が詳細に描き出されている力作です。

と同時に小泉政権時の金融緩和策の顛末も詳細に描き出されています。この経過はこの本の大きな価値がある部分です。なぜなら現在の安倍政権が実施している金融緩和政策は当時のものと瓜二つだからです。TPPも小泉時代の「市場化」政策の延長にあります。つまりこの本は現在の日本の舵を取っている安倍政権、日本経済の行方を知る上でもきわめて参考になるノンフィクション作品だと思います。いまこそ過去(歴史)に学ぶためにも精読されるべきものだと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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