今日のおすすめ
原発事故は「エリート人災」。日本を滅ぼすマインドセットとは?
(著:黒川清)
本書は、後世の日本人が21世紀の前半を振り返った際に、警世の書として高い評価を受けるだろうと信じてやまない。
東日本大震災の9ヵ月後に国会に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」、通称「国会事故調」の委員長をつとめた黒川清氏による、渾身の日本論である。著者であり事故調の委員長でもある黒川氏は、医師であり、日本学術会議の会長、東大教授や政策研究大学大学院の教授などを歴任した、第一級の知識人である。
国会事故調は、日本の憲政史上初めて行政府から独立して国会(立法府)に設置された、法的調査権を付与された民間人からなる調査委員会であった。委員長を含めて総勢10名の構成で、元国連大使、都市防災に詳しい地震学者、放射線医学を専門とする医学博士、弁護士等がメンバーだった。
国会事故調は、東日本大震災を「規制の虜に陥った人災であった」と結論づけた。事故調の活動により黒川氏は2013年に「科学の自由と責任賞」を受賞した。
詳しくは本書を読んで頂きたいが、東日本大震災は、適切な規制をすべき行政が規制対象の東京電力に取り込まれたうえに、もともと行政府の権力が強く三権分立のチェックアンドバランスが効かない関係にある我が国にあって、本来高貴なる義務を負うはずのエリートの不作為、怠慢、無責任さが被害を加速させた前代未聞の人災だった、というのが、黒川氏の主張である。そしてその根本原因には、日本に特有の事情があると指摘している。その一つに、日本人のマインドセットを挙げている。
――福島第一原発事故の根源にあったのは、全体を俯瞰せず部分最適しがちな日本社会特有の力学や、問題を先送りしがちな『エリートたち』の責任回避の姿勢、新卒一括採用・年功序列・終身雇用を当然のこととするマインドセットだ。――
筆者が何より残念だったと思うのは、事故の後、海外から差しのべられた様々な支援をほとんど活かせなかったことだ。本書でも指摘があるが、フランスの原子力関連企業大手アレバの支援の申し出にも明確な反応を示さず、アレバのCEOのロベルジョン氏が海江田経産大臣に、福島第一原発の各号機がどのような状態か尋ねても、炉心溶融が起きていることを公の場で言及することがタブーであったため情報を提供しなかったと言われている。
そして、この点について筆者の執筆時点(2016年2月25日)で驚くべきニュースが飛び込んできたので、以下引用する。
――東京電力は、福島第一原発事故当時の社内マニュアルに、核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)を判定する基準が明記されていたが、その存在に5年間気付かなかったと発表し、謝罪した。事故では1~3号機で炉心が溶融して大量の放射性物質が漏れた。当時の社内テレビ会議のやりとりなどから、東電幹部らが当初から炉心溶融の可能性を認識していたことが分かっているが、東電は5月に炉心溶融を正式に認めるまで、会見などでは「炉心溶融」を使わず、核燃料が傷つく状態を意味する「炉心損傷」と説明していた。2016年2月25日 朝日新聞デジタルより――
無責任ここに極まれり、モラルも社会への責任も放棄したかのような認識であると思うのは筆者だけだろうか?
黒川氏の真骨頂は、官僚の情報の隠ぺい体質のほか、ジャーナリズムの役割、失敗から学ばない体質など、目下の日本の病巣に鋭く切り込んでいるところである。さらに、批判だけでなく根本的な対策案として、新たな教育のありかたについて言及している点が、氏が優れた知性の証明となっているように思える。
本書はすべての日本人に読んで頂きたい一冊である。
レビュアー
30代。某インターネット企業に勤務。年間、150冊ほどを読破。
特に、歴史、経済、哲学、宗教、
関連記事
-
2016.04.11 レビュー
中国一の金持ち村、毒餃子──取材妨害に負けず、真実を見た!
『テレビに映る中国の97%は嘘である』小林史憲
-
2014.09.09 レビュー
私たちの思考を停止させているもの、それに気づいて進む道を探さなければいけない
『日本人の度量 3・11で「生まれ直す」ための覚悟』著:姜尚中/高村薫/鷲田清一/本多弘之
-
2014.09.18 レビュー
現実は時に人間から言葉を失わせてしまう。だからこそ語り継ぐことが大切なのだ
『津波と原発』著:佐野眞一
-
2014.11.11 レビュー
「妙に行儀がいい」記者たちがそろっている取材現場、なぜそのようなことになったのか。ジャーナリズムは今どんな姿をしているのか!?
『ジャーナリズムの現場から』編:大鹿靖明
-
2015.03.10 レビュー
どんなものにも「死角」がある。その当たり前のことに謙虚であることが、まず安全への第一歩です
『福島第一原発事故 7つの謎』著:NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
人気記事
-
2024.04.02 レビュー
ホスト、立ちんぼ、トー横……慶応女子大生が歌舞伎町で暮らし取材してきた生の声
『ホスト!立ちんぼ!トー横! オーバードーズな人たち ~慶應女子大生が歌舞伎町で暮らした700日間~』著:佐々木 チワワ
-
2024.04.01 レビュー
人間力がすごすぎる、栗山英樹さんの熱い人生哲学
『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』著:栗山 英樹
-
2024.03.28 レビュー
理系に強い子どもに育てるヒント満載! 数学センスを磨く新しい勉強法
『中学数学で磨く数学センス 数と図形に強くなる新しい勉強法』著:花木 良
-
2024.03.26 レビュー
どこにでもいる!? 人間関係の悩みを生み出す人の生態
『職場を腐らせる人たち』著:片田 珠美
-
2024.03.27 レビュー
SNSでことばの事故を起こさない方法とは!? 日本語ラップは言語芸術!?『日本語の秘密』
『日本語の秘密』著:川原 繁人