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【本屋大賞候補】収容所、差別、死地。少女3人の奇蹟を祈る感動作

世界の果てのこどもたち
(著:中脇初枝)
2016.04.01
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時に、心に残ったひとつの記憶が人をささえることになる。生きる上で人にとって大切なこととはなにか、それを考えさせてくれる物語です。主人公の3人の少女たちの目から見た世界、その切なさが読むものの心にしみこんできます。

物語は遠い地から始まります。

──満洲の夏は短い。その短い夏の間に成長しようと、作物はみな、ぐんぐんのびた。のびていくのが目に見えるようだった。西瓜(すいか)や南瓜(かぼちゃ)は一日に三尺ものびた。──(本書より)

短くも激しい夏のある日、最果ての地、満洲で3人の少女が出会います。高知の貧しい村から満洲開拓団の一員としてやってきた珠子(たまこ)。横浜の裕福な貿易商の家に生まれ父親に連れられて満洲の開拓団を訪ねてきた茉莉(まり)。日本に併合された朝鮮から満洲にやってきた美子(よしこ=ミジャ)。3人が出会った頃、日本は戦争のまっただ中でした。けれど国民学校1年生の幼い3人には、まだ戦争は遥か遠くの事に思えていました、とりわけ満洲の地では。

ある日、遊びに出かけた3人は洪水にあい、お寺の中で一夜を過ごすことになりました。食べものといえば美子が持っていたおむすびひとつ。それを分け合う3人。小さな茉莉には「一番大きいかたまり」を、「次に大きいのを珠子」に分け与えた美子でした。この夜の出来事が3人にとって生涯忘れることのできないものとなったのです。

親しくなった3人のうえに戦争の影が忍び寄ってきました。少女たちはそれぞれ、戦争の渦の中に巻き込まれていったのです。

横浜に帰った茉莉、幾日も立たないうちに大空襲がありました。街中にあふれた死体、その死体から金品を盗む人たち、わずかばかりの食糧を奪い合う人々の群れ、彼女の目に映ったのはそんな世界だったのです。そして突然訪れた敗戦。茉莉の戦後はたったひとりで生き抜くことから始まりました。

──茉莉は白楽の祖母の家に引き取られてから通った国民学校で、教科書に墨を塗ったことをおぼえていた。あのとき、黒く墨で消してはいけなかった。墨を塗ったから、なにが書いてあったのか忘れられた。学校で先生はなにを教えてしまったのか、なにを教えてはいけなかったのか、学ぶことができなかった。──(本書より)

茉莉は心の奥である決心をします。それは無邪気だった自分にさようならを告げるようなものだったのかもしれません……。

美子の一家は、日本の敗色が濃厚に感じられた時、満洲を去り日本本土に向かいます。京都、横浜へと移り住んだ美子は初めて日本人から激しい差別を受けることになります。美子には朝鮮が国だった記憶はなかったのに……。

そして珠子は……。敗戦と同時に開拓団の人々は村を追われ日本へ戻る道を求め、満洲をさまよいます。弱い者から脱落し死んでいく苛酷な旅。追い打ちをかけるようなソ連の参戦。珠子は収容所で生活することになりました。けれど珠子にはさらに大きな災厄が襲いかかります。誘拐された珠子は中国残留孤児として生きることになってしまいます、美珠(メイジュ)という中国名をつけられて……。

戦争とはなにか、苦しい日々の中でも心に残っているものはなんなのか、人を殺すのも人、人を生かすのも人……。その一重の差に翻弄されながら生きてきた3人が持っていた希望、それは、あの日3人で分け合った優しさと、精一杯生きた3人だから出会えた、人々の暖かな気持ちからできているように思えます。戦争と戦後の日々を精一杯生きた3人の少女たちの姿が静かな祈りにも似た筆致で綴られています。

世界の果ては満洲の地ということだけではありません。多くの死者を生んだ戦争、生き延びたものも、生きるために他人を犠牲にし、時に死者を汚すようなことが起きた世界、それが世界の果てでした。そこから戻ってきた3人がこう語り合います。

──わたしね、死にたくないの。わたしが死んだら、わたしの記憶もみんな消えちゃうでしょ。そうしたらきっとなにもかも、なかったことになる。そうしたらきっと、愚かな人間は、同じことをくりかえす。──(本書より)

忘れてはならないことは忘れない、あったことをなかったことにしない、それは生き残ったものの大きな役目なのでしょう。いつまでも読みつがれてほしい感動作です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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