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【次代を担う注目作家】人の生を弄ぶ「医療過誤訴訟」ミステリ

301号室の聖者
(著:織守きょうや)
2016.03.30
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この本の著者、織守きょうやさんは第14回講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビュー。その後2012年に「記憶屋」で日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した作家にして、現役の弁護士でもあります。本書はそうした織守さんの新作長編。

「このミステリがすごい」19位にランクインした連作、「黒野葉月は鳥籠で眠らない」で活躍した新米の木村弁護士と、クールなベテランで事務所の稼ぎ頭である高塚弁護士が、再び登場する作品です。

木村弁護士が主任を任されたのは、彼らの事務所が顧問を務める笹川総合病院の、医療過誤訴訟。高齢の入院患者の誤嚥による死を巡って、遺族によって訴えられた裁判です。それが医療過誤だったのか、それともどんなに注意しても避けられない死であったのか。

高塚の心証では、不利とは言えない。しかし、経験が浅いだけに、せめて行動力でカバーしようとする木村弁護士が病院に通って事情を確かめ、訴訟が進行するうちに、同じ病室で連続して事故や急死が起こります。その病室は301号室。木村が担当する医療過誤訴訟の患者もまた、同じ部屋に入院していました。いったいこの病室でなにが起こっていたのでしょうか。あるいは「起こっている」のでしょうか。

法律の世界、そして医療の世界はともに、ドラマとして描かれることの多い分野です。人とは、結局のところ人に興味のある生き物。そうすると人の争いが露わになる法廷や、人の生と死に向き合う医療の世界は、ドラマの舞台になりやすいのかもしれません。

その意味で「医療過誤訴訟」という縦軸は、ドラマの舞台として強烈なインパクトがあります。また人にケアを提供するはずの場で、密かに人の生を弄んでいたという衝撃的な事件も現実に起こり、知られています。

ですが物語は過激な謎の提起ではなく、丹念に、情感豊かに、木村が出会う患者やその家族の様子や心情を描写することで進んでいきます。

その筆致から伝わるのは「人を描く」という意志。作品の中で、さすが現役の弁護士という面白さが縦横に展開されますが、ただ、医師であっても、法律家であっても、その知識や情報だけが面白いのではない。結局は人。目的は人を描くこと(余談かも……、ですが作中、ある登場人物が、作者の心を代弁するかのような言葉を語ります)。

行動する弁護士、木村は病院で老いた親を見守る娘や息子に出会い、それに「もうひとつの301号室」に脚を踏み入れます。

直面するのは生と死、そして罪と罰の境界。法律であれば、たとえ明日、亡くなることが明白であっても、その前に生命を奪えば殺人は殺人です。

しかし医療の最前線で、そのような線引は可能なのか。たとえば、延命治療を打ち切り、なすがままの死を選択することと、もはや回復の見込めない肉親を、そっと苦痛から解放してしまうことは、なにが違うのか。私などはそう感じました。

合理性が支配するはずの現代社会でも、ひとつ階層を下れば、実は今もそこに中世的な闇が連綿と続いているのではないか。もしかするとその曖昧な闇の中で、密かな罪が、生まれては人の目にふれることなく消えているのではないか。その闇にふれ、自分ができることはなにか。

ですが闇もあれば、光もあります。木村はその光を知り、法律家としての自分たちの使命を見出すことになる。

私たち読者も、法というものがもたらすドラマを知ることになるでしょう。その結末の余韻は、長く心に残ることと思います。お勧めです。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証 言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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