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【幻想ミステリ】他人の日記を売る謎の店。人気シリーズ第三弾!

幻想日記店
(著:堀川アサコ)
2016.03.26
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日記を書く、というのは、極めてプライベートな行為だ。交換日記にしたって、あれは普通、厳密に相手を限定したうえで行われるものだろう。好きな相手とこっそりデートをするようなものであり、大勢の人に知ってもらうことが前提ではない。そのあたりが、ブログやTwitterなどのSNSとは異なっている。完全非公開で、自分ひとりにしか閲覧できない状態にでもしない限り、SNSで文章を綴る行為は、私的ではあっても密室的・排他的な日記とはまるで違っていて、公的である。

日記は秘密めいている。
 
本人以外が勝手に読むべきではないし、ましてや売り物にするなんて言語道断。それは他人の入浴姿を覗き見る破廉恥に等しい。浴室に隠しカメラを仕掛け、録画した映像を売ったら犯罪である。でも、フィクションなら、それもありだ。面白ければ、なおのこと。ユーモアがあり、不快にならない内容なら、むしろ積極的に読んでみたい。
 
幻想シリーズ第3弾『幻想日記店』には、タイトルの通り、他人の日記を売るという禁忌に及んでいる「日記堂」なる不思議な店が登場する。

その日記堂で期せずしてアルバイトをすることになったのが、本作の主人公・鹿野友哉(かの・ともや)。医学部受験に失敗し、三浪の末に好きな文学の道に進んだ大学生で、幻想シリーズで男性が主人公を務めるのは、本作が初となる。
 
前作、前々作では、どちらも、おっとりした可愛らしい女性が主人公だった。友哉もおっとりというか、控え目な性格であり、人生において何かに失敗しているというバックグラウンドは、シリーズ各作品の主人公たちとの共通項ではあるが(『幻想郵便局』の主人公は就職に、『幻想映画館』の主人公は学校での人付き合いに失敗)、やはり男性がメインの語り手ということで、シリーズを刊行順に楽しんできた読者には新鮮な印象を与えるだろう。

友哉と日記堂との出会いは、ある日、町中にある低い山――安達ヶ丘で道に迷ってしまうところから始まる。山ツツジの花の向こう側に隠れていた茶畑に出ると、偶然そこで知り合ったのが、日記堂の店主で、和装の似合う謎の美女、紀猩子(きの・しょうこ)だったのだ。友哉は彼女に振り回されることになるのだが、人に読ませるのではない「本当の日記」を売っているという日記堂と、その店主である猩子の謎が、本作のミステリとしての最大の骨子だろう。

壁一面の書架、陳列ケースらしいガラス棚、昔の商家の造りになっている日記堂には、どんな客が来て、どのような日記が売られ、他人の日記を読んだ人たちは、その後どうなるのか? 

そもそも日記堂の店主、猩子とは何者なのか? 彼女の正体は……? 

正体……といえば、幻想シリーズに登場するある人物の正体が、本作でつまびらかにされる。そのインパクトはおそらく作中最大であり、それだけにシリーズのファンは絶対に読み落とせない。だからといって、既刊作品未読の方が『幻想日記店』を読んでも、その驚きは充分堪能できるようになっているので、そこは安心してほしい。

『幻想日記店』の物語的な魅力は、そうしたミステリ的なものにとどまらず、青春や恋愛など複数のジャンルを内包しているところにもある。もとい、それが幻想シリーズに共通する魅力・長所であり、本作も例外ではないということだ(僕は他に、幻想シリーズ前2作品のレビューも書いているが、複数のジャンルを内包していることは常に指摘している)。
 
また、別々の独立した短編のような複数のエピソードが、次第に集束されていくのも幻想シリーズ共通の特徴であり、『幻想日記店』においては、怪盗花泥棒のくだりと、第三話「しのびよる」に登場する謎の老婆のエピソードを、僕はとくに楽しんだ(そもそも『幻想日記店』は『日記堂ファンタジー』という連作短編を改稿した作品)。とりわけ謎の老婆が登場するエピソードは、適度に怖くてよかった。

僕はホラー的な設定やストーリー展開が大好きなのだが、とことん怖いものはダメという矛盾している読者なので、適度に怖いお話を創作できる著者の堀川アサコさんは、恐怖の分量の調節が絶妙な作者として尊敬させてもらっているのだ。そういうさじ加減は、実はかなり難しい。

本書文末の解説で、作家の西條奈加さんは、そんな堀川さんと作品のことをこんなふうに表現している。

「ほのかな恋愛が混じった青春小説。ホラーに彩られたミステリー。あらゆる要素が、少し懐かしい匂いのする幻想に放り込まれ、とろ火でじっくり煮詰めた上で、読者を引き込んで離さない疾走感がエッセンスとして加味される。大きなしゃもじで鍋をかきまわしている作者こそが、現代の心やさしき魔女に思えてくる」と。

複数の要素を詰め込んで面白い作品に仕上げてしまう堀川さんの力量は、決して普通ではないという意味で〝魔女〟という言葉を僕も使いたくなる。そして西條さんが書かれているように、心やさしき方なのだろう。僕は堀川さんに一度もお会いしたことはない。でも、おやさしい方だからこそ、癒やしを伴う幻想シリーズのような作品が書けるのだと思う。
 
ユーモアがあって、ちょっと切なくて、その反動のように癒やされる。それが本作を含む幻想シリーズなのだ。

レビュアー

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赤星秀一

小説家志望。1983年夏生まれ。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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