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【米大統領選の病巣】トランプ「反知性主義」が支持される理由

2016.03.20
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40年におよぶ在アメリカ生活でフォード以来7人の大統領とその選挙を見てきた佐藤さんによるアメリカ大統領選の歴史と実態のレポートです。ヒラリー・クリントンが書名になっていますが、そこにとどまらず広くアメリカ大統領選挙について書かれています。

今回のトランプの大躍進を佐藤さんはこう見ています。

──何も決められないワシントンのエスタブリッシュメント(体制側)に対するアメリカ国民の大きな不満に起因している。彼らは日常、ひたすら党派の争いを続けて、選挙民の関心など無視しているとアメリカ国民の多くは感じている。──(本書より)

このような反ワシントン感情とでもいうものがトランプ支持の根底にあります。さらに拍車をかけているのがアメリカの反知性主義という動きです。

──「学歴・知性は無意味である」という立場をとり、知識や知識人に対する否定を表す。しかしそれは無知蒙昧(むちもうまい)を擁護する立場ではなく、平等主義、実用主義、実践主義として現れる心的あり方を示す。(略)トランプは、このようなアメリカの反知性主義の選挙民を巧(たく)みに捉え、扇動してしているのである。トランプの頭脳プレイであるように取れる。トランプは名門ペンシルベニア大学のウォートン・ビジネススクールでMBAを取得している。ビジネスに長(た)けた人物である。このくらいの考えはすぐに浮かぶ男である。──(本書より)

トランプがビジネスマンとして反知性主義を利用しているという指摘は、トランプのスピーチを聞いているとよくわかります。とりわけ「実用主義、実践主義」というものがトランプの主張の根幹になっていいます。ビジネスマン+反知性主義の面目躍如(?)とでもいえばいいのでしょうか。

アメリカ大統領選挙というと恒例(?)、付きものになったネガティブ・キャンペーンについても、この本は深く触れています。このキャンペーンの激しさはすさまじいもので、なりふり構わずエスカレートするネガティブ・キャンペーンは「人間の常識では考えられない、非情なもの」といえるまでになり、「デマゴーグ」も流され、「相手候補を犯罪人のように」扱うこともあったそうです。

このネガティブ・キャンペーンはいつから始まったのでしょうか。佐藤さんによれば、その手法を明らかに使ったのは父ブッシュの選挙の時だったそうです「ブッシュ副大統領(立候補時)の戦い方は、アメリカの大統領選挙の意義、国際的価値を落としたと思うと」感じさせたほどでした。立候補時に「大統領選挙では現職の副大統領は勝てないというジンクス」を破るために父ブッシュが行ったのがネガティブ・キャンペーンでした。彼が行ったキャンペーン内容の詳細は本書を読んでいただきたいのですが、それはまさしくデマゴーグと呼ぶしかないものでした。対立候補をおとしめるためだけの、根拠のないテレビCMが流されたのです。ネガティブ・キャンペーンは息子ブッシュでも使われました。佐藤さんに言わせれば「アメリカ大統領選挙は、ブッシュ親子二代の登場で、ネガティブで暗いものになっていった」ということになるそうです。

ネガティブ・キャンペーンを変えたのがオバマ大統領の選挙でした。それを考えたのがデヴィッド・アクセルロッド(オバマの「ストラテジスト」)でした。彼には非生産的なネガティブ・キャンペーンはもはや時代遅れとなっているように思えたのです。キャンペーンの方向転換を提案します。それが「感情に訴えて、誰かを引きずり下ろすのではなく(略)みずからがよりよく変化することを望む」ことを押し出した「クリエイティブ・キャンペーン、ポジティブ・キャンペーン」というものでした。オバマのキャッチフレーズ、〝チェンジ〟がその始まりとなりました。とはいってもネガティブ・キャンペーンがまだ残っているのは周知のことですが。

「ストラテジスト」と呼ばれる選挙参謀を扱った第6章は、アメリカ大統領の実情を描いた第4章と共にこの本の読みどころです。かつてテレビの登場で大統領選が大きく変わったことがありました。ケネディとニクソンのテレビ討論です。大統領選挙に新たな時代を切り開いたこのメディア戦略の中から生まれてきたのが「ストラテジスト」です。選挙のプロの登場です。テレビが切り開いたメディア選挙でいかに候補者を勝たせるかをとことん考え抜くというプロたちです。

では、その「ストラテジスト」の知恵を生かした選挙を戦う政党をアメリカ国民はどう見ているのでしょう。ここで佐藤さんは興味深い指摘をしています。

──日本人には意外に思えるかもしれないが、実は一般のアメリカ人に、「共和党と民主党の違いは何か」と聞いても、きちんとした回答ができる人は思いのほか少ない。──(本書より)

「共和党と民主党の違いは小さい」というのが佐藤さんの観察です。それぞれの党に抱いているイメージは「長年、両党が争い、互いにレッテル貼りを繰り返して激しい選挙戦を戦ううちに、選挙民がそのようなイメージを持つようになったにすぎないのではないか、と」記しています。それは「支持政党に対する忠誠心」と「論争社会」アメリカが反映された結果として生まれたものなのではないかと。対抗するためのイメージの付けあいとでもいうのでしょうか。そう考えると両党とも今回の大統領選の有力候補がTPPに反対している理由も分かるような気がします。なぜ同様な主張が対立している政党から出てくるのか。そのわかりにくさは大統領選挙には候補者の主張、支持者の主張の中にさまざまなアメリカ社会の矛盾や悩みが浮き彫りにされてくるからなのです。

11月には新大統領が決まります。少し意外ですが、アメリカでは「ガラスの天井」と呼ばれる社会進出した女性をよく思わない壁があるそうです。その〝天井〟を打ち砕き、「ヒラリー・ヘイター」を破って初の女性大統領が生まれるのか、強烈なキャラクターを印象づけているトランプが選出されるのかまだ分かりません。

少なくともネガティブ・キャンペーンだけでなく、カネまみれの選挙などを勝ち抜いたアメリカ大統領は「権力の座を目指す人間の凄まじいエゴ」の持ち主であることは確かです。そしてそのような大統領によって新たな世界秩序が作られていくことになります。もちろん諸外国のパワーバランスをはかりながらですが。それに日本はどう対処するべきなのか、自分の頭で考えるためにも佐藤さんの提言をこの本から読みとってほしいと思います。随所に佐藤さんが取材したアメリカ人の肉声が挟み込まれています。それもまたアメリカというものを知らしめる大きなヒントがあるように思います。今の、これからのアメリカを世界を考える上でも役に立つ1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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