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死の海から生命の宝庫へ。世界が注目する「日本海」ミステリー

日本海と聞くとどのようなイメージをお持ちですか? 演歌や歌謡曲によく歌われるように、冷たく、荒々しい印象があるでしょうか。日本海は日本列島のすぐ西側にあるとても身近な海なのに、私たちがこの海について知っていることは意外なほど少ないと思いませんか?
日本海はいま、世界の海のミニチュア版的存在として、世界中の海洋研究者から注目を浴びています。全海洋のたった0.3パーセントを占めるにすぎないこの小さな海が、非常にユニークな特徴を有しているからです。
今回は『日本海 その深層で起こっていること』を参考に、ふしぎな海の波打ち際へ足を運んでみましょう。

2016.03.16
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数字で見る日本海の姿

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図1 北太平洋の西端域は「縁海」の宝庫。日本海もその1つ
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図2 日本海の海底地形と、周辺の海と日本海をつなぐ4つの海峡

日本海のように、大陸の外縁にあって、島や半島によって大洋から区切られた閉鎖的な海域のことを「縁海《えんかい》」とよびます。

北太平洋の西端域には、たくさんの縁海があります。図1を見てください。北から南に向かって、オホーツク海、日本海、黄海・東シナ海、南シナ海、スールー海、セレベス海と、似かよった大きさの縁海がずらりと並んでいることがわかります。

日本海は、私たち日本にさまざまな、そして大きな恩恵をもたらしてくれる、とても重要な海です。まずはその日本海について、数字でそのアウトラインを覗いてみましょう

平均水深1667メートル・最深部の深さ3796メートル

全海洋の平均水深=3800メートル、最大水深=1万920メートル(マリアナ海溝)などに比べれば半分以下ですが、日本周辺の他の縁海の平均水深(黄海・東シナ海の272メートル、オホーツク海の973メートルなど)と比較すると、ずっと深いことがわかります(数値はすべて『理科年表』による)。日本海の最大水深とされる3796メートルは、富士山(標高3776メートル)がすっぽり隠れてしまうほどの深さです。

表面積は1.0×106平方キロメートル

日本海の表面積は全海洋の表面積(362×106平方キロメートル)の、ほぼ0.3パーセントにすぎません。

また、日本海の体積は1.7×106立方キロメートルで、全海洋の体積1350×106立方キロメートルの0.13パーセントです。海洋全体に比べて、日本海がほんとうに小さな海であることがよくわかります。

日本海を囲む4つの海峡のもっとも浅い水深は約10メートル

北から「間宮(タタール)海峡」、「宗谷海峡」、「津軽海峡」、および「対馬海峡」の4つの海峡が、日本海と周囲の海域をつないでいます(正確には関門海峡も存在しますが、他の4海峡に比べて規模が小さいため、以下の話では省略します)。海峡は、隣り合う海と海を隔てる「敷居」に相当します(図2)。

間宮海峡、宗谷海峡、津軽海峡、および対馬海峡の水深は、それぞれ約10メートル、50メートル、130メートル、および130メートルです。日本海の平均水深である1667メートルと比べてたいへん浅い(敷居が高い)ことがよくわかります。

この海峡の浅さ、つまり強い閉鎖性をもっていることが、日本海の特徴として真っ先に挙げるべき重要なポイントです。

これは単に地形だけの問題にとどまらず、日本海の内部で起こる海水の動きや、海水の化学組成などとも密接に関わってきます。

潮の満ち引きが少ない日本海

図3 伊根の「舟屋」写真
図3 伊根の「舟屋」。干満の差が少ない日本海沿岸の湾内ならではの風景

日本列島の日本海側は太平洋側に比べ、潮汐《ちょうせき》(潮の満ち引き)の非常に小さいことが知られています。たまたま目についた最近の事例ですが、ある大潮の時期に、同じ青森県でも太平洋に面した八戸では干満の差が130センチメートルもあるのに、日本海に面した深浦では、わずか20センチメートル程度しか海面が変化しませんでした。

その原因は、日本海の閉鎖性の強さ、つまり、海峡の浅さにあります。満潮や干潮のとき、日本海の海水面が上昇したり、あるいは低下したりするためには、周囲の海から海水が流れ込んだり、あるいは逆に流れ出したりしなければなりません。

しかし、日本海のもつ4つの海峡がいずれも浅く、海水の通り道が小さいために、短時間のうちに大量の海水を通過させることはできません。その結果、日本海では、潮汐による海面の上がり下がりが、ごく小規模に抑えられてしまうのです。

干満が小さいことは潮干狩りには不向きですが、海岸線ギリギリまで家を建てられるメリットもあります。たとえば、京都府の若狭湾西部にある伊根の「舟屋」は、海辺に浮かぶ集落として人気の高い観光スポットになっています(図3)。

暖流と寒流が出会うため水産資源が豊富

図4 図版
図4 日本列島周辺の海流図(原図は千手智晴による)。日本海に流れ込む唯一の海流が対馬暖流

現在の日本海に、外部の海から流れ込む海流はただ1つしかありません。図4に示すように、対馬海峡を経由して流れ込む「対馬暖流」です。

対馬暖流の起源を探ると、そこには2つの海流が関わっていることがわかります。1つは、九州南方で黒潮本流から分かれたと考えられる黒潮系の暖流、もう1つは、台湾海峡付近から北上し、長江由来の陸水を取り込みながら日本海に向かう台湾暖流です。

これら2つの海流が対馬海峡付近で合流し(両者の混合比は、季節によって異なると考えられています)、日本海に流れ込みます。本州南岸に沿って流れる黒潮に比べると、対馬暖流の流量は約10パーセント、流速は4分の1程度です。

この暖流が、日本列島の日本海側に温暖な気候をもたらしてくれます。また、塩分が比較的高い黒潮の性質を日本海の表面水にもたらすことで、日本海を上下に攪拌《かくはん》するのに必要な重い水=高密度表面水の形成を助ける役割を果たしています。

対馬暖流は、枝分かれしたり渦を形成したりしながら、約2ヵ月をかけて日本海を縦断し、津軽海峡や宗谷海峡から太平洋へと流れ出していきます。日本列島、特に日本海側の温暖で湿潤な気候は、この対馬暖流に負うところが非常に大きくなっています。

また、対馬暖流の一部は、日本海の北端部、すなわち間宮海峡まで北上し、そこで冷却されます。そこに、アムール川起源の寒冷な淡水が加わることでさらに冷たい水塊となり、日本海の北西部をユーラシア大陸に沿って南下してきます。「リマン寒流」とよばれる海流です(図4参照)。互いに逆向きに流れる対馬暖流とリマン寒流がすれ違う境目は、急激に温度や塩分が変化する「亜寒帯前線」とよばれ、暖流とともに北上する魚(マイワシ、マサバ、マアジ、ブリ、ハタハタなど)が寒流中の豊富な栄養塩やプランクトンによって繁殖し、よい漁場となることが知られています。

豊かな水資源を供給する北西季節風

図5 図版
図5 「天然の造水装置」として作用する冬の日本海

北西季節風が日本海に果たす働きは、2つに大別されます。1つは、冬季の日本列島に大量の降雪をもたらすこと、もう1つは、日本海の表面海水を強く冷却して、日本海の海水を上下にかき混ぜることです。どちらの働きにおいても、対馬暖流が脇役として重要な役回りを務めています。

大陸起源の、冷たく乾燥した季節風が日本海に強く吹き込むと、対馬暖流の影響を受けた暖かい海面からは、蒸発がさかんに起こります。生成した大量の水蒸気は上空で冷やされ、凝縮して雪雲を発達させます。

すじ状の雪雲の列にびっしりと覆おおわれた日本海は、冬の風物詩の1つです。西高東低型の気圧配置を示す気象衛星画像の定番として、テレビの天気予報などでよく目にします。

大量の雪雲は、季節風とともに日本列島めがけて吹き寄せられますが、列島の屋台骨をなす脊梁《せきりょう》山脈(奥羽山脈や日本アルプス、中国山地など)にぶつかって上昇気流が生じ、日本海側の平地から山地にかけて大量の雪を降らせます。そして、水蒸気を失った季節風は乾燥した「からっ風」となり、日本列島の太平洋側へ吹き降りていくのです(図5)。

時として激しい暴風雪と大量の積雪に見舞われる地域(特別豪雪地帯)は、道路の通行止めや集落の孤立など、社会・経済活動に大きな損害を被ることがあります。一方で、わが国の豊かな水資源を維持するうえで、冬の降雪はたいへんありがたい存在でもあります。

日本列島に降る雪はもちろん淡水の結晶ですが、その源は日本海がたたえていた海水です。海水は飲料に適しませんが、淡水は飲むことができます。

すなわち、冬の日本海は巨大な「造水装置」の働きをしているのです。造水装置とは、乾燥地域や長期航海の船舶などに設置され、海水を淡水(生活用水)に変える機械です。日本海は、大量の海水を蒸発させて淡水をつくり、それをそっくり日本列島に供給してくれる天然の造水装置なのです。

海洋研究でわかってきた日本海の謎とロマン

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今から約2200年前に誕生した日本海。最新の海洋研究でさまざまな秘密がベールを脱ぎ、果てないロマンを私たちに与え続ける

日本海についてすでに判明していた数値的なデータや地形的な特徴のほかに、継続して行われる海洋研究によりさまざまなことがわかってきました。『日本海 その深層で起こっていること』の著者であり化学海洋学を専門とする蒲生俊敬氏(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門教授)は、1977年から計8回、日本海での研究航海に参加し、そこで取得できたデータからさまざまな博士論文を発表しています。

たとえば、全世界の海洋の表層と深層にまたがる海水の循環を、米国の海洋化学者ウォリー・ブロッカーが「ブロッカーのコンベアーベルト」と命名しましたが、このコンベアーベルトで世界の海を一巡するには、1000~2000年というたいへん長い時間を要することが、海水中の放射性核種の分布から明らかになっています。

しかし、放射性炭素を調査した結果では、日本海の深層水が循環するのに100~200年しか要さないことがわかったのです。キリストが誕生した頃から現代までの約2000年のあいだに、世界の海洋はようやくひとめぐりした程度ですが、日本海では10~20回も、深層水が入れ替わったことになります。

また、日本海はいつごろ誕生したのかも、海底堆積物や岩石の研究からほぼ立証されました。今から約2200万年前のある時期、ユーラシア大陸の東端に亀裂が入り、しだいに拡大を始めました。これが、日本海のはじまりです。当時はまだ、小さな入り江のような海でしたがプレートの移動により拡大し、約1400万年前にほぼ今の大きさになりました。

堆積物の研究から、日本海が酸素呼吸をする生物にはとうてい生きていくことのできない「死の海」だった時代が存在することもわかりました。

日本海 その深層で起こっていること』の著者であり化学海洋学を専門とする蒲生俊敬氏(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門教授)は、1977年から40年近くにわたり、日本海の調査・観測を続けてきました。本書ではこれまで紹介してきた日本海の基本的な特徴の解説はもちろん、時間をさかのぼって日本海の成り立ちを探ったり、海水や堆積物を最新技術を駆使して採取、計測する海洋研究の実態もつづっています。

地球の成り立ちとともにある海はロマンに満ちていて、歴史的にも地理的にも非常にわくわくしますよね。『日本海 その深層で起こっていること』で「ふしぎな海・日本海」へ航海してみませんか?

  • 電子あり
『日本海 その深層で起こっていること』書影
著:蒲生俊敬

世界中の海洋研究者が注目をしている日本海。なぜ日本海はそれほど注目されているのでしょう。
本書では、日本海研究で40年の実績ある著者が、日本海の成り立ちやさまざまな研究成果をもとに、謎に満ちた日本海をさまざまなキーワードから解説しています。
地球の変化とともにたいへん大きなスケールで動く、ロマンに満ちあふれた日本海研究の最新情報をまとめた、心躍る一冊です。

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