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【超一級資料】吉田所長の説明を無視した東電幹部「黒い嘘」

2016.03.11
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──東京電力の勝俣恒久会長は、己が「加害企業の最高責任者」であることをなかなか受け入れられなかった。自身も、そして東京電力という会社も、「異常に巨大な天災地変」襲われた「被害者」という観点から、どうしても抜け出せないのだ。──(本書より)

「日本崩壊の瀬戸際」であったほどの原発事故だったにもかかわらず少しも危機意識が感じられません。東電の〝被害者意識〟は同時に当事者意識の欠如だったといわざるをえません。さらに次のような言動すら取材の中で出てきたそうです。2号機の海水注入時のことでした。必死に海水注入作業にあたっている吉田所長に本店復旧班からこんな連絡があったそうです。

「いきなり海水というのは、そのまま材料が腐ってしまって、もったいない」、それどころか「なるべく粘って真水を待つという選択肢もあるという風に理解していいのでしょうか」と。

大鹿さんはこう記しています。「まったく吉田の説明を理解していない。吉田はあきれたように言った。『理解しては、い、け、な、く、て。今から真水はないのです。時間が遅れますから』。原発がひとつ爆発した後でも東電本店内はこんな雰囲気だった」のです。恐ろしいほどの無感覚です。

しかも、この本の第8章は「救済スキーム」と題されていますが、この〝救済〟の対象は原発被害者ではなく東京電力です。「経営破綻したくない東京電力、債権放棄や減資を拒む銀行や生損保、証券会社。国が全面に出て歯止めなく国庫負担が増えることを嫌がる財務省。そして長年庇護してきた東電と原発をなんとか維持したい経産省」、それらの利害得失で考え出されたのが「国債という国民の懐」をあてにした救済スキームでした。なによりも救済の対象は原発の被害者であるはずです。

──福島第一原発では食道癌に冒されていた吉田昌郎所長が陣頭指揮をとって底なし沼のような事故収束作業にあたっていたが、東電本社は賠償を国費でみてもらう原子力損害賠償支援機構法が成立したことに安堵の声が漏れていた。──(本書より)

確かに当時の菅総理の現場視察など、今でも疑問に思う官邸の行動はあります。けれどすべての情報が官邸に上がっていたわけではありませんでした。官邸(総理)の意向を勝手に忖度して事故現場に指示していたことも明らかにされています。このような大危機の中でも故・山本七平がいう〝場の空気〟が支配していたのです。

──吉田がやっと始めることのできた海水注入を、途中で停止しろ、と強い命令口調で言った。生命の危険に晒(さら)されながら奮闘している吉田には解せない対応だった。吉田はこのとき東電本店とは別に官邸が現場にくちばしを挟むことを「指揮命令系統がいったいどうなっているのだろう」とも思った。もっとも、吉田の受け止めた官邸とは実は菅政権ではなかった。官邸にいた東電幹部、すなわち武黒フェロー個人の判断だった。──(本書より)

海水注入の問題点を確認しただけの菅総理の言動を見て〝その場の空気〟を東電幹部が勝手に解釈し中止命令を出したのです。〝イラ菅〟と呼ばれていた菅総理の言動の問題もあったとは思います。けれど、「批判されても、うつむいて固まって黙り込むだけ、解決策や再発防止策をまったく示さない技術者、科学者、経営者」(事故直後の3月13日下村健一内閣参事官のノートより)ばかりだったのも確かです。海水注入停止命令などは出されなかったのです。

けれどこの出されなかった海水注入停止命令を菅総理が出したとのスクープがありました。「被害者という意識から抜け出せなかった」東電が「加害者扱いする菅政権を腹にすえかねていた」ことから起こされた「クーデター」だったのです。この騒動に乗って出されたのが安倍晋三のメルマガ『菅総理の海水注入支持はでっち上げ』(5月20日付け)でした。詳細は本書をお読みください。この出来事が政争の具となったのがよく分かります。

読み進めるにつれて、原発被害者や現場の作業員、さらには国民を置いて事態への対応が進められたのが明らかにされます。あの計画停電でも同様なことがありました。

──「自宅療養の患者もいるから何とか計画停電を少し遅らせられないか」。枝野と福山はそう要請した。「大企業など大口の電力需要者に節電を呼びかけ、医療機関や在宅患者への電力を融通してほしい」。人道上、当然の要請だった。すると藤本(東電副社長)は「大口は当社のお客様ですから、節電してほしい、ということはできません」と突っぱねた。──(本書より)

200名近くにまで及ぶインタビューと緻密な取材で描き出されたこのドキュメントは、「あのとき一体、為されるべきことの何が為されなかったのかを知るための一級資料」(福岡伸一さん)です。その資料が語っているものは、大鹿さんが記したように「愚かな人間たちの物語である」としか言いようがないものでした。自己保身に走る東電、官僚、銀行、そして政争の具とした政治家たち、それらすべてが〝メルトダウン〟していたのです。

日本国のメルトダウン(=劣化)はいまだに続いています。「能力の欠落と保身、責任転嫁、さらには志の喪失は、現場の記者たちよりもむしろ大手報道機関の幹部たちに顕著にあらわれている。メルトダウンしていたものに、大手報道機関も加えねばなるまい」という大鹿さんの言葉が響いてきます。何度でも読み返さなければならない本だと思います。それが読むものに息苦しさや、やりきれなさを感じさせるとしても。廃炉まで40年もの年月が必要だとされています。私たちはなにを解決できたのか、なにがコントロールできたのかを改めて私たちに考えさせる重厚な1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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