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テロ組織は何に反逆するのか? 「国際紛争」に視座を持とう
(著:篠田英朗)
富士山は、山梨側から見た方が美しいか静岡側から見た方が美しいか。古来より多くの議論が戦わされてきた。これが重大な問題であることは、富士を借景とした施設やその名を冠した観光地が数多く存在することでも知れる。かりにこの議論に決着をつけたなら、その経済波及効果は計り知れないものになるだろう。
「視座」、すなわち「どこから見ているのか」は重要なのだ。それは大きな問題の要因となるものだし、かりにどちらか一方に肩入れするにしても、対立する意見を知った上で述べれば、その意見はより強いものになる。近視眼的に、近くにあるものだけ見ていたのでは、正しい姿は永遠に認識できない。
本書は、タイトルにあるように国際紛争を読み解くための5つの視座を紹介している。……というとひどく抽象的に思えるが、たとえばニュースで報じられるような、誰でも知っている紛争事例を具体的にあげ、今起きている現象も、歴史的・地理的・文化的要因があって成り立っていることを示している。
もっともわかりやすいのは、わが国の高度経済成長に関する記述であろう。
著者によれば、高度経済成長とは1ドル360円という著しく円安に傾いた相場によってもたらされたものがたいへんに大きいという。
では、アメリカがこの異常な為替水準を維持していたのはなぜだったのだろう? 日本の経済成長によって大きな打撃を受け、その存在を脅かされたアメリカの国内産業はいくつもある。にもかかわらず、どうしてこのレートを維持していたのだろうか?
冷戦下において、日本はソ連(現在のロシア)の侵攻を食い止める盾として認識されていた。共産主義陣営に対抗し、また日本の共産化を食い止めるには、日本の保守勢力にイニシアチブを与える政策がどうしても必要になる。要するに、高度経済成長とは、「いい思いさせてやるから、オレのチームの一員でいろよ」というアメリカの思惑のもとに構築されたものだったのだ。
冷戦崩壊以降、日本が低成長の時代を迎えるのも、同じ理由によるものである。冷戦がなくなってしまえば、日本にいい思いをさせる必要はない。これは、近視眼的に高度経済成長という現象を眺めていただけでは、永遠に得ることができない視座である。
わたしたちは海外旅行をするとき、日本の出国管理局で旅券にハンコを押してもらい、渡航先の入国管理局でしるしをもらっている。国をまたいで旅行するとはそういうことなのだが、これはせいぜい100年の歴史しか持たない新しい慣習に過ぎないのだ。新しいシステムの多くがそうであるように、これは発展途上のシステムであるし、このやり方にたいする反対意見も存在する。
テロ組織IS(イスラム国)の挙動は毎日のようにニュースになっているが、彼らが(たとえ明確に意識していないにしても)このシステムにノーを唱えているのは疑いようのないことだ。彼らは出国の際にハンコがいるようなシステム――いいかえれば「国家」という制度に反逆しているのである。そんなもんなくたっていいじゃないか。いいか悪いかはともかく、そう語っているのだ。
くだんの安全保障関連法案、野党の言葉を借りるならば「戦争法案」は、その可決もふくめて、大きな議論を巻き起こした。当然のことながら著者と同じ国際政治学者が議論のテーブルにつくこともあったが、そこで語られた意見はあまりにも浅薄なものだった。
せめて、為政者と知識人は、本書の内容を頭に入れて発言してくれよ。
著者は、そんな思いもあったことを記している。
日本はなぜ今「安全保障関連法案」を通そうとし、物議をかもすに決まっている法案を提出せざるを得なかったのか。同意するにせよ反対するにせよ、その理由を知ったうえで語るべきだろう。
本書を読むことで、現代の国際政治にともなういくつかの視座は獲得できる。ニュースの見方も変わるだろうし、国際紛争にたいする考え方も変わるだろう。なにより、説得力を備えた意見を語れるようになるはずだ。
富士を正しく語れるのは、山梨側と静岡側、両方を知っている人であるように。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。
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