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怪人・残酷号(正義の味方)の爽快無慈悲活劇【超人気シリーズ第5弾】

残酷号事件
(著:上遠野浩平)
2016.02.18
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上遠野浩平さんの傑作「戦地調停士シリーズ」。そのシリーズ中、もしもハリウッドが映像化するとしたら、5作品目の『残酷号事件』に目をつけるのではないでしょうか。

本書は、前作『禁涙境事件』に登場した「残酷号」と呼ばれる謎の怪人と、その〝中身〟であるサトル・カルツ、彼の仲間で「なんでも屋」のロザン・フリューダ、身体の大半を魔法改造されているネーティスを中心に据えた物語です。

もちろん、仮面の〝戦地調停士〟ED(エド)や、〝風の騎士〟ヒースロゥ・クリストフたちの活躍も描かれているのですが、本作の中心軸を担っているのは、やはり彼ら、残酷号とその仲間たち──そして、残酷号と戦う敵の存在です。

残酷号は、怪人ではあるものの、悪ではありません。端的に言えば〝正義の味方〟。無力な弱者が窮地に陥ったとき、サトル・カルツは獣さながら咆哮し、残酷号に〝変身〟します。そして、とてつもない速度で戦場に飛来するや、圧倒的な戦闘能力で敵を蹴散らしていく。読者としては、読んでいて爽快でしかないのですが、鬼神のごとく無慈悲に暴れ回る謎の怪人は、一方的に蹂躙されてしまう敵からすれば、残酷な悪魔そのものでしょう。

しかし、残酷号の名前に潜む真実とは、そういうことではないらしい。

残酷号の〝中身〟であるサトル・カルツは、そんな自分に対してまったくの無知であり、自分がなぜ残酷号と呼ばれる怪人に変身できるのか、それさえもよくわかっていません。謎の怪人は、サトル本人にとっても謎なのです。従って『残酷号事件』とは、サトル・カルツと残酷号に関する謎が解き明かされる物語でもあるわけです。

ところで、『残酷号事件』は、「戦地調停士シリーズ」において、僕が一番好きな作品でもあります。『残酷号事件』を〝推理小説〟としてのみ捉えた場合、たとえば1作目の『殺竜事件』や3作目の『海賊島事件』の方がクオリティは高いでしょう。でも、その2作品にはない魅力が『残酷号事件』にはあるのです。

シリーズ中、おそらくは最もアクションの描写が多い冒険活劇であり、主要登場人物たちの善悪をより強調することで見えてくる〝正義と悪の対決〟という構図も、本書を読解する上で読者にとってはわかりやすい〝とっかかり〟となるはずです。そうした要素をもとに丹念に描かれていく物語は、とてもテンポがいい。上手い具合にそのテンポに乗ることができれば、あっという間に幸福な読書の時間は過ぎ去ってしまいます。

レビューの冒頭に書いたように、ハリウッドが映画化を申し出てもおかしくないほどの面白さ! その中でも、とりわけ僕の心に響いたシーンがあります。物語の終盤、サトルが、ある人物と邂逅する場面です。そこでほんの少しだけ、サトルとその人物との過去が描写されるのですが、何度読み返しても、僕はその場面で泣いてしまいます。

<以下引用>
「助けますよ」
と言ったのだった。
「あなたや仲間たちがひどい目に遭っても、ぜったいに僕がまた助けに行きますよ」
と胸を張って言った。彼女はくすくす笑った。
「そうね、待ってるわよ、そのときは──」
<引用、終わり>

実は、残酷号の〝中身〟であるサトルには心臓がありません。つまりサトルは、肉体的に自分の一番大切な〝中身〟を失った状態で動いている。心臓がないのにどうして動けるのか、その理屈は作中に書かれているのですが、それとは別に僕は思います。

上に引用した台詞の通り、サトルはきっと、彼女を助けるために、自分の〝中身〟を失ってでも生きることを選んで、残酷号に変身するのだ、と。

爽快なアクション大作である『残酷号事件』は、悲しい人間物語でもあるのです。上に引用した台詞が、その悲しさや切なさをよりいっそう強めて、読後も拭いがたい余韻を残します。僕がこの作品に惹かれた理由が、それです。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

 小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。

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