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【永久保存版】立川談志の晩年。高座&楽屋裏ベストシーン

いつも心に立川談志
(写真:橘蓮二 文:立川談四楼)
2016.01.25
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立川流家元・故立川談志師匠は高座では誰よりもきれいに深々と頭を下げる、とどこかで読んだことがありますが、それを思わせる1葉の写真がこの本の終わり近くに収められています。心の底からのお辞儀、きちんと揃えられた履き物、さらに幕が下りた後すっと立つ家元の姿、そこには一仕事を終えた満足感のようなものさえうかがえます。この本の最後に収録されたこの一連の3葉の写真、見るものにとても深い感慨を与えます。閉じるのが惜しくなります。

この本は立川談志の晩年の5年間の高座、楽屋での姿を撮った写真を中心に立川談四楼師匠の文章を寄せたものです。写真はすべてモノクロ、それが文字通り噺家が持つ陰影を見事に浮かび上がらせています。といっても追憶の〝モノクロ写真〟ではありません。「談志師匠は現在も変わることなく、ご家族にお弟子さんに、そして談志ファンに愛され続けている。すなわち現在も生き続けているということだ。その想いを形にしたい」(橘蓮二)という願いは見るものの心に間違いなく伝わってきます。

そして談四楼師匠の文章はというと、「それにしても師匠、いい笑顔ですね。毒舌を一瞬にして相殺して余りある笑顔は昔から売りでしたが、それにしてもいい笑顔です。しかも柔和です」とすべてが家元への手紙となっています。語りかけるその内容と話術には師匠への深い思いがあふれています。といってもこの師弟、順風満帆だったわけではありません。いきなりクビを宣告されたり、「似た芸風のおまえは要らない」とほのめかされたりとジェットコースターのような師弟関係だったようです。

厳しい師弟関係は家元の最期について、こんな思いを談四楼師匠に抱かせます。弟子たちが家元の死去を知らされたのは骨上げのすんだ後でした。

「弟子が大挙して病室に詰め、ベッドを取り囲み、その瞬間、師匠に取り縋(すが)って号泣する。なんともおぞましい光景ではありませんか。それは家族のやることです。師匠、師匠もそれって嫌ですよね」。さらに「他の一門のウェットな師弟を見ていると、睦まじいのはけっこうですが、何かから目を逸らし、楽をしているように思えるのです」と。ここに立川談志の精神が受け継がれていると思う談志ファンは多いのではないでしょうか。

才能にあふれ、またシャイな一面も持ちながら、どこまでも落語の可能性を求め続けた家元の姿が見事にとらえられています。まるでいまでも高座に上がっているように、声が聞こえ、噺の仕方が目の前に浮かんできます。しみじみと、挙措にも才能があるのだなあと感じさせもします。

設立時何かと話題をまいた立川流もちょっとばかりの騒ぎもありました。それは談四楼師匠の手紙にも書かれています。けれど昨年(2015年)は立川志の輔師匠が紫綬褒章受章されたりと、家元制度こそなくなりましたが立川流は健在です。とはいっても家元の芸風を誰が継いだかというと……そこは人それぞれで意見が違ってくるでしょう。逆にいえばやっぱり立川談志は天才だったってことになるのではないでしょうか。

昨年末には立川談春の『赤めだか』がドラマ化され、家元をビートたけしが演じていました。今年で死去から5年目になりますがまだまだ家元の人気は衰えていないようです。まだまだ家元の姿が映像ソフトとして出されているのを見るにつけそう思います。

談四楼師匠だけでなく、時折、弟子の高座を聴きにこっそり家元があらわれてくることもあるそうです。「師匠は客だけに分かるように出たり、演者だけに何か言ったりするのですね。らしいですよね、天邪鬼(あまのじゃく)さが」と。それもまた家元らしいありかただなと思うのです。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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