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誰も彼女を傷つけられない。「姫」の心を疑似体験するファンタジー
(著:上遠野浩平)
異世界ファンタジーとミステリーが融合した「戦地調停士シリーズ」の最新作『無傷姫事件 injustice of innocent princess』は、タイトルの通り「無傷姫」と呼ばれるお姫様を通じて物語が展開していく歴史小説でもあります。
シリーズものですが、この本を最初に読んでも大丈夫。予備知識が一切なくても、問題なく楽しめます。
ところで、なぜ無傷姫なのでしょうか?
名前の由来は字義通り、誰も彼女を傷つけられないから――無傷姫。これは初代無傷姫であるハリカ・クォルトの特徴そのもので、あどけない少女である彼女は、次々と爆発する地雷原の中を平然と「無傷」で歩くことさえできる。
もちろん、普通の人間にそんなことは不可能です。たとえ魔法原理が支配する魔導世界の住人であったとしても。
つまり、ハリカは普通ではない。
「戦地調停士シリーズ」のファンの方は、ハリカ・クォルトの名前でピンときたことでしょう。――そう、彼女は、かつて呪闘神リ・カーズと戦った戦鬼オリセ・クォルトの妹で、200年の眠りから目覚めた「人造人間」だった。
ロストテクノロジーの産物であり、突如として目覚めたハリカは、とある理由により、湿地帯が多く資源にも乏しいカラ・カリヤという土地で、すでに述べたように初代の無傷姫になります。
そのハリカから〈竜の委任状〉を託された二代目無傷姫のミリカ。ミリカの実子である三代目のマリカ。初代の日記を読み耽る四代目ヨリカ。そして、五代目の無傷姫は――。
彼女たち歴代の無傷姫を中心に描かれてゆく歴史ファンタジーは、読めば読むほど引き込まれていく緻密な構成の作品で、ファンタジー版の『銀河英雄伝説』みたいだな、というのが読了後の僕の感想でした。
『戦地調停士シリーズ』と日本スペースオペラの傑作『銀河英雄伝説』は、もちろん性格の異なる作品です。しかし、スケールの大きさでは決して『銀河英雄伝説』にも引けを取らないし、魅力的な登場人物たちが織りなす群像劇が物語に深みと厚みを与え、彼ら彼女らが架空の歴史の中でときに活躍したり、あるいは翻弄されたりする様を丹念に描いているという類似性が、僕の中で本作と『銀河英雄伝説』が結びついた理由かもしれません。
もっとも、『無傷姫事件』の冒頭から第一章が終わるまでは、物語に入り込みにくい、と感じていました。群像劇であるだけに視点人物やシーンの入れ替わりが多く、しかも、そこで語られる内容も、節が変わるごとにガラリと変化する。そのため、内容の異なる短い個別の映画を連続して観せられているような、ややぶつ切りの印象を拭えませんでした。
僕はこの物語をちゃんと楽しめるのだろうか?
そんな不安を胸に読み進めていったのですが、二代目無傷姫であるミリカが登場する第二章から先は、ほとんど一気読みに近い状態に。僕が読みづらいと感じた第一章の終わりまでのシークエンスや、その他、作中に何気なくちりばめられていた伏線の数々は、読了後に読み返すと「ああ、なるほど!」と唸らされる上手い構成だったことに気づきます。
そもそも著者の上遠野浩平さんといえば、複数の視点人物、シーン、時系列をバラバラに描きながらも、抜群の物語性と構成力とをもって、ひとつの作品に仕上げる技量にかけては日本トップクラスの作家さんです。
僕はこの物語を楽しめるのだろうか?――馬鹿を言え、端から心配などする必要はなかったのさ。
ところで、個性的な無傷姫たちの中で、僕は初代のハリカと四代目のヨリカが好き。どこがどう好きなのかは、物語の肝心な部分に触れてしまうため言えませんが、そのハリカやヨリカら歴代の無傷姫たちが何を考え、戦争や国家、そして無傷姫たる我が身をどう思って生きてようとしたのか――彼女たちの思想や振る舞いが歴史にどのような影響を与え、そして事件や騒動に発展したのか。
無傷姫とはいっても、彼女たちの心まで無傷とはいかない。
歴史、ミステリー、ファンタジーなど、複数のジャンルを内包する『無傷姫事件』ですが、その本質は、「姫」という存在に祭り上げられた女性たちの「心」を見、疑似体験する物語なのかもしれません。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。
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