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廊下の奥には、変人だらけ? 病理医を描く『フラジャイル』ドラマ化記念インタビュー

長瀬智也さんを主演に迎え、1月13日(毎週水曜 夜10時放送)からスタートするドラマ『フラジャイル』。ドラマ化を記念して原作者・草水敏先生のインタビューを公開! また、漫画家・恵三朗先生もコメントを寄せてくださいました!

2016.01.05
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原作:草水敏(くさみず・びん)
原作:草水敏(くさみず・びん)

1972年、島根県仁多郡出身。漫画原作者。趣味は飼い犬のお世話。

漫画:恵三朗(めぐみ・さぶろう)
漫画:恵三朗(めぐみ・さぶろう)

北海道在住。漫画家。アフタヌーン四季賞2012年秋のコンテスト『彼女の鉄拳』で審査員特別賞受賞。趣味はラーメン屋のスタンプカード集め。

ドラマでキャラの新しい魅力に出会う

最新単行本第5巻は1月22日(金)発売です!

──岸先生役が長瀬智也さんだと聞いた時の第一印象をお教えください。
草水:長瀬さんが芝居で見せる怖そうな顔が、コワモテの岸というキャラクターにぴったりだと思いました。色んな方から楽しみだというお話をうかがって、皆さん期待してくださっているのだと感じています。僕の頭の中だけにあったキャラクターを色んな個性の方々がどういう風に演じてくださるのかを一視聴者としてすごく楽しみにしています。
From恵:長瀬さんの主演されているドラマを昔から家族で見ていたので、「長瀬さんが偏屈病理医を演じるドラマなんて、絶対面白いやつですね! 観ます! え、『フラジャイル』のことなんですか?!」という感じで。自分たちに降りかかっていることだとなかなか信じられませんでした。岸先生の表情は特にこだわって描いているので、邪悪だったりコミカルだったりする長瀬さんの岸先生を早く見たいです。あんなに表情筋が豊かな役者さんはなかなかいらっしゃらないと思うので!

──ドラマ「フラジャイル」に期待していることはありますか?
草水:ドラマ化しようと思ってくださった方がどういう風に解釈し、翻訳して映像化してくださるのかなあと思っています。漫画と映像は作り方が全く違うと思うので楽しみです。
From 恵:実写化の面白いところは、役者さんが体温や体重、人間の匂いをキャラクターに生々しく与えてくれることだと思っています。漫画原作のドラマや映画を観て、キャラの知らなかった一面に気づけるのが好きなので、私や草水さんの視点とは違う視点で見た壮望会の新たな顔を見れると思うと興奮します。

病理医はカッコ良い

『フラジャイル』2巻・P92
(草水談)「実際は人間なので間違うこともあります。岸先生はこう口にすることで自分に発破をかけている部分もあると思っています」

──なぜ病理医が主人公の漫画を書こうと思ったのですか?
草水:病理医は、病気で困っている人の問題を解決するための“決定権”を持っている存在です。診断を間違えれば患者さんの命に関わるため、正解して当然。そんな仕事を、患者さんの見えないところでしています。けれど見えないから誰にも感謝されない。それがヒーローみたいでカッコ良いなと思いました。また、病理学は医者が必ず医大で勉強するのですが、皆さん「難しすぎて無理」と思うそうです。それを専門にしていて、しかも圧倒的に数が少ない。何から何までカッコ良いですよね! ちなみにこの話を取材先で病理の先生方にすると「そぉ〜お?」といってうれしそうにしてくれます(笑)。

──草水先生ご自身は医学を勉強されたことはないとうかがいました。執筆にあたって取材を重ねたそうですが、印象に残っていることはありますか?
草水:病理漫画を書きたいので取材させてくださいとお伝えしたら、「そんなもの成立するはずがない」と本気で信じてもらえなかったことでしょうか(笑)。昔「どうすれば病理医を「月9(ゲック)」にできるか」という会議を病理学会でやったそうなんですが、結局「無理」っていう結論になったというお話をうかがいました。

──切ないですね…(笑)。
草水:取材にお邪魔したら、この漫画が始まった時うれしくて泣いてしまったというおじさんの先生がいらっしゃって。「これで若い人が増えたらいいな」とおっしゃっていました。そのくらい病理医って知られてなかった存在なんですよ。何10年も強い関心をよせられるわけでもなく、ずっと胸の底に思いを抱えていた人たちのところへ行くと、堰を切ったように面白い話をたくさんしてくださる。でも皆さん「僕の話はつまらないよ」と口にする。ご自身で思っていることとすごくギャップがあるんです。

──先生への取材以外で、印象的だったことはありますか?
草水:「私、岸先生みたいな病理医の先生をよく知っています」とよくいわれます。モデルはいないのですが、日本に岸先生はいっぱいいるらしいですよ(笑)。あと、だいたいの病理診断室が「こっちに部屋ってあるんですか!?」というような、病院の一番奥とか地下室の電気もついてないような暗〜い廊下を進んだところにあって、扉に何にも書いてない。要は人が来ることを想定していないんですよね。さすがにいたたまれない気持ちになりました。あと、白衣を着ている方が少ないことでしょうか。

──岸先生が着ていないのは、取材を元にしていたのですね。
草水:白衣は服を汚さないために着るものなので、顕微鏡を覗いているだけの病理医は着る必要がない。つまり白衣を着る必然性がない医者なんです。

──病理診断の面白いと思う点について教えてください。
草水:病理医の先生にうかがうと、皆さん「人に煩わされず、考えて考えて『わかった!』と思った瞬間がすごく楽しい」とおっしゃるんですよ。一方僕は日がな一日仕事場の椅子に座って、「岸先生はこの時どんな気持ちなのかな?」ということを考えています。物語の点と点が、あることをきっかけにしてスッとつながって「あっ、わかった! だから岸先生は怒っているのか」と思う瞬間。そこがとても似ていると思いました。「疑わしきは明らかになるまで検索する」というのが病理医の仕事のやり方なのですが、誰にも褒めてもらえないけれど、正解を導き出して「僕は正しかった」と思うのは楽しいだろうなと思っています。

岸先生はこの世界に生きている

『フラジャイル』2巻・P161
恵先生に新しい萌えを感じさせた中熊先生。コミカルな表情をする岸先生に注目。
『フラジャイル』3巻・P192

信じていた夢の新薬「JS1」。しかし、治験に関するある秘密を知った火箱は、張りつめた糸が切れたかのように泣きじゃくる。

──『フラジャイル』には個性的なキャラクターが多く登場しますが、どのようにして作りあげていったのですか?
草水:実は作ったという感覚があまりないんです。医療の世界で生きるためにはこういう歯のくいしばり方をする先生がいるだろうなと思って探してきたのが岸先生です。彼らはこの世界に生きているものとして僕は考えているので、岸先生のまわりにあの人たちが集まってきたという感じなんじゃないかなって思っています。

Question to 恵 キャラクターデザインで苦労したことはありますか? また、裏設定などがあればお教えください。
From恵:デザイン面の苦労はありません。病理部の3人は「こういう顔にしよう」というのではなく、原作を読んだら「こんな顔に見えました」という感じで描きました。最初に浮かんだイメージをそのまま採用していただき、とてもありがたいです。裏設定もないですね。プロフィールや設定を最初に決めてしまうと「作ったキャラ」になって馴染めない気がして。私はもともと設定を作りこんで描くタイプの漫画家ではないので、ドラマ化にあたって宮崎先生の下の名前を急きょ決めたりしました。草水先生もストーリーに関係ないところはあまり固めない方なのかなあと思っています。必要になった時に設定を考えて、「宮崎の下の名前って智尋だったんだねえ」みたいな発見を楽しんでいます。登場人物たちと「出会ったキャラ」でいられる距離感はとても心地が良いですね。

──好きなキャラクターを教えてください。
草水:『フラジャイル』は岸先生を書こうと思ってスタートした作品なので、彼はやはり別格です。とても激しい人なので、正直書いていて苦しいです。けれど、誰にもわかるかたちで感情を出さない岸先生を「でもこの人良い人でしょ」とか「ダメな人だよね〜」と思いながら書くところは楽しいです。
From恵:描きやすさでいうと、顔の造形が普通な宮崎先生と森井君ですね(笑)。最近のお気に入りは放射線診断医の高柴先生と、岸先生の元指導病理医の中熊先生です。草水さんが描くナイスミドルには新しい萌えを教えていただいています。この2人と相対した時の岸先生がいつもと違う側面を見せてくれるのがまた面白いんですよ。ちなみに難産だったのは、アミノ製薬の間瀬部長です。岸先生と敵対するキャラなのですが、岸先生自体がすでにラスボス感があるので半端なキャラ立てをするとライバルとして成り立たなくって……。とにかくアイディアを出し合って、盛って盛って……という感じで手塩にかけました。

──メインキャラ以外ではいかがですか?
草水:火箱さんです。僕、彼女が出てきた時に「ああ、この女の人を泣かせたいなあ」って思ったんですよ。基本的にキャラクターデザインについては恵先生に全部お任せしていますが、彼女については珍しく服装まで細かくイメージをお伝えしました。人は色んな背景があって、様々なことを抱えて生きています。そのことをおくびにも出さないで笑っている姿が僕はカッコ良いと思っていて。そういう風に頑張っている火箱さんが子供みたい泣いちゃう……というエピソードを書きたかった。アミノ製薬のお話は長いシリーズでしたが、ちゃんとそこまでたどり着けたので良かったです。

ギャップをお楽しみください

『フラジャイル』4巻・P80
「人死にが出るくらいに!」と思いながら描いたという戦慄の笑顔。

Question to 恵 渾身の作画シーンを教えてください。
From恵:4巻に収録されている14話で、岸先生が壇上に上がっていくところから笑うまでの一連のシーンです。ここは岸先生の凶悪な空気が伝わるよう「世界を呪おう」と思いながら描きました(笑)。1ページぶち抜きのような岸先生のキメ顔も「人死にが出るくらいに!」みたいな気持ちでいつも描いています。やっていることと顔面のギャップをお楽しみいただけたらうれしいです。個人的には2巻の8話は全部好きですね。3巻の9話33ページの火箱さんは、ポーズと表情は固定で瞳の色と眉だけの演技させる演出はさりげない怖さが出せたのでお気に入りです。

Question to 恵 コミックスの空きページや4巻の初版限定小冊子はギャグ要素の強い内容で、岸先生をはじめキャラクターのお茶目なところも見え、楽しく拝読しました。本編と大分雰囲気が異なりますが、どのようなお気持ちで描かれているのでしょうか?
From恵:本編ではできないキャラの掘り下げ方ができるのですごく楽しいです。仕事をしている皆のちょっとした隙をのぞき見るようなイメージですね。ただ岸先生がなかなか隙を見せてくれないので、4コマを作るのが一番難しいです。重いテーマを扱うことが多いので、時々のコメディで親しみを持ってもらえたらという意図もあります。……と、真面目に答えてみましたが、単純に人に笑ってもらうのが嬉しいだけなのかもしれません。とどのつまりウケたいだけです(笑)。

ユニット名“フラジャイル”

『フラジャイル』4巻・P90
アミノ製薬の間瀬部長を喰らわんばかりの大きな文字。恵先生の感覚が光る。
『フラジャイル』4巻・P28

新薬「JS1」の副作用による激しい痛みを抱える竹田。冷や汗を垂らし眉根を寄せながらも、口元に笑みを讃えて彼は真っ直ぐと前を向く。

──2巻で宮崎先生が初めて自分で行った病理診断の結果を診断報告書に書くシーンがありました。岸先生が「この紙には絶対に嘘を書くなよ」と口にするところが見開きで描かれていてとても印象的だったのすが、この構成はどちらがお考えになったのですか?
草水:恵先生です。僕は、漫画って漫画家さんのものだと思うんです。僕が書いた原作の言葉のどこを大きく使うかを考えて、最終的に読者の方の目に見えるかたちにするのは漫画家さんですから。だからネームに対して口を出すこともまれです。

Question to 恵 草水先生とはどのようなやりとりするのですか?
From恵:ネーム段階では「物語のテーマがどこなのか」とか、草水さんの演出意図の確認などをして意見をすり合わせます。欲しいシーンをお願いして追加で作っていただいたりもします。あれはすごくうれしいですね。出来上がったネームは編集さんから草水さんに渡していただいているのですが、草水さんの感想を教えて欲しいと伝えています。忘れていたら急かして聞いたりして(笑)。草水さんにも楽しんで欲しいなと思って描いています。

──恵先生の「ここがスゴイ!」と思うところを教えてください。
草水:漫画の面白さって、立ち姿とか、歩き姿とか、動きの所作ひとつひとつにその人らしさが出るところだと思っていて。人を見る時にまっすぐ目を見る人なのか、鼻を見る人なのか、目をあわさない人なのかとか、あるいはどんな服を着るのかなど色んな要素がある。恵先生はそれを描くのがとっても上手いんです。

──普段飾り気のない服装の火箱さんが、デートの時だけ前髪を編んでいるのは可愛かったですよね。
草水:あれは恵先生の素晴らしい仕事のひとつですよね! 火箱さんのような女の子がデートというシチュエーションの時、どういう歩き方をするのか、横に並んで歩くのかという部分を恵先生は「そうそうそうそう!」っていう感じに描いてくださるんです。漫画家として本当にすごい能力だと思います。ちゃんと意識して描いてくださるからこそ、キャラクターたちはただ立っているだけの人形ではなく、この世界に生きていられると思うんです。僕の頭の中にいるキャラクターは、もう恵先生の頭の中にもいると感じています。共通の知り合いの話をするような感覚を漫画家さんと共有出来ているのはうれしいですね。

──ちなみに恵先生にも、草水先生のスゴイと思うところを伺っています。
草水:旦那が知らないところで、妻が旦那を採点してる気分ですね(笑)。
From恵:『フラジャイル』は、話によってサスペンスだったりハードボイルドだったり泣けたりと味わいが違う作品です。草水先生は本当にたくさん武器をお持ちだなと思います! そして、それが高いクオリティでかつ毎回締切を守って出来上がるのは本当にスゴイですね! 「実は草水敏って複数人いて、ユニット名なんじゃないの?」と疑っています(笑)。

光が当たらない部分のドラマを描く

『フラジャイル』3巻・P73
見学に行った先の病院で緊急事態に遭遇した森井。臨床検査技師ということを明かしてその能力を発揮する。
『フラジャイル』4巻・P148

CTやMRIの画像をチェックする読影室。大量の検査写真を人間の目で確認する。技術の進歩は放射線科医の地位向上につながるが、同時に圧倒的な人手不足という新たな問題を生むこととなった。

©草水敏・恵三朗/講談社

──最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
草水:『フラジャイル』は病理医が主人公の漫画ですが、病理の世界に限らず、光が当たらない影の部分にものすごく誠実な方たちがいて、その人たちのことを書きたいと思って始めました。今ちょうど技師さんがメインのお話を書いていて、彼らが一体何をやっているのか、どこにプライドや責任を持っているのかということを考えています。技師さんは日本中に本当にたくさんいらっしゃるんですよ。ちっちゃな懐中電灯の光で照らしたそんな人たちの物語をぜひ読んで欲しいです。
From恵:私は昔から「自分は医療エンターテイメントを楽しむセンスが無いなあ」と思っていて、そんなところに『フラジャイル』の原作をいただきました。とても面白くて「私が楽しめる医療モノってあるんだ!」と驚いたことを覚えています。なので医療エンターテイメントにあまりなじみの無い方にもぜひ読んで欲しいなと思っています。

草水:なんだかすごく真面目になってしまったので、最後に(笑)。良く言えば人間味にあふれた、悪く言えば“困った変人たち”が、病院なんていう真面目そうなところにたくさんいる漫画です。漫画から入った方もドラマから入った方もぜひ変人愛好会にご入会いただいて、彼らのことを面白がってもらえればと思っています。変人愛好会事務局長としてお待ちしています。

──あ、事務局長なんですね。
草水:会長は恵先生なので僕は裏方で頑張ります。門戸はひろくあけております。漫画もドラマも『フラジャイル』をよろしくお願いします!

文/松澤夏織

『フラジャイル』最新単行本第5巻は1月22日(金)発売!
草水敏先生原作の新作「春よ来るな」が、月刊少年マガジン3月号(2/5発売)から始まります。こちらもどうぞお楽しみに!

『フラジャイル(1)』書影
漫画:恵三朗 原作:草水敏

岸京一郎、職業・病理医。病理医とは、生検や病理解剖などを行って、病気の原因過程を診断する専門の医師のこと。各診療科の医師は、彼の鑑別をもとに、診断を確定させたり治療の効果をはかる。医師たちの羅針盤となり、人知れず患者を救う岸。医師たちは彼について、口をそろえてこう言う。「ヤツは強烈な変人 だが、極めて優秀だ」と──。