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先送り・休む・寄生する。人間社会で生き残る「正しい生物」学

2016.01.03
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環境に適応しようとする生物たちはさまざまな「変化」をして生き残りを目指します。宮竹さんはそれをこう読み解きます。「環境(景気)やライバル(他者)や天敵(上司)によって、要領よく姿かたちを変えて生き延びる」ために「変化」しているのだと。

「強いものだけが生き残れる。だが、「強い」という言葉だけで合点がいくほど、野生の世界は単純なものではない。結果として、「生き残れたものが強い」というのが生物の歴史である」。

生物はさまざまな周辺環境に応じて「変化」することはよく知られています。この「変化」にはこれまで「ガラクタ遺伝子」と考えられていたものが、実は「生物の表現型を変化させる重要な役割を持っている」ということが発見されました。「10年ほど前までは、DNAの配列のうち、翻訳されてタンパク質となって生物の特徴をつくる部分は1割にも満たず、残りの9割以上は何も機能していないもの」だと考えられていました。ところがその機能していないと考えられたDNAこそが「環境変化に対応できる遺伝子グッズ」だということがつきとめられたのです。

「変化」による生き残り術として宮竹さんは「先送り」「擬態」「休む」「寄生」「共生」 という五つの生態に着目します。言葉(態度?)だけをみると、おいおいとか、ずるいぞと思ってしまいそうですが、そんなことはありません。生物の原則は「生き残れたものが強い」ということなのですから。たとえば「死んだふり」をすることが生きのびることにつながることもあります。「動かない」というのが大事な戦略であるという状況は人間社会でもあるように思います。

この「先送り」ということは〝必要〟な時期を待てということではないでしょうか。「拙速は巧遅に勝る」と『孫子』の一節にありますが、だからといって〝拙速〟が必ずしもいいことではありません。なにより生物は〝必要〟ということをその生存の中心に置いているのですから、その〝必要〟に応じて動く(変化する)べきですし、それが自然の摂理かもしれないのです。

天敵の眼を欺くための「擬態」はよく知られていますが、宮竹さんはさらに一歩進んで「隠遁」もしくは「潜伏」という行動を勧めています。というのは「出る杭は打たれる」のはままあることで、そうならば「社会の中で出ない杭。そう「目立たない」という生き方は、生存戦略に長(た)けた生物に普遍的に見られる」ものなのだからです。この「擬態」は防御だけではありません。なかには攻撃となる擬態(ベッカム型擬態)というものも生物界には存在します。

確かに「進化した現存する生物とは、選択がもたらす「コスト・ベネフィット計算」によって生き延びてきた〝歴史の勝者〟である」から、その視点で生物の生態をを見直すことは必要だと思います。人間社会でも生き抜くヒントがあふれているように思います。そしてこの「コスト・ベネフィット計算」を如実にあらわしているのが「休む」「寄生」「共生」 という生物の生態なのです。

たとえば「休む」でも、生き残った強者が教えてくれることは、「疲れたから休むのではなく、「積極的に休む」方法を取り入れる」というように考えることが正解なのです。さらにこの「コスト・ベネフィット計算」で始められた「寄生」という行動も「共通の敵をつくることでいつしか共生になる」ように変化していきます。そして宮竹さんはこう結論づけます。「僕たち人類も、共生がなければ存在できなかった」と。

当然のことながら「迫りくるすべてのものごとに適応できる生き物」などは存在しません。そのように生物は「進化してこなかった」のです。常に「生物は、「トレードオフ」と呼ばれる二律背反の制約を受けて進化して」きたのです。「他者への憎しみのない他の生物では、やられた時点で自分にできる次善の策を採択する」。そしてそれが生物たちを「厳しい自然選択の課程で生き残らせて」きたのです。

けれど人間には「憎しみや妬み」という感情があります。そのやっかいさを受け止めながらも、宮竹さんはそれにのみ込まれないためにも「モラル」の進化が今の私たちに必要な課題だといっています。「感情とともにモラルをも進化させた人間の存在が、進化の過程で生き残れるかどうか試されているともいえるだろう」と。

さらには「共生のすすめを学ばない人類に明日はなく、あとにはモラルも感情ももてなかった生き物たちだけが、勝者として生き残る世界が再びやって来るだろう」と記しています。人間の未来には「共生」と、それを支えるモラルというものがなにより重要になってくるのです。

ユーモアあふれる筆致で宮竹さんが教えてくれた生物の世界、それは私たちに多くのことを教えてくれます。生物の生き残り方は人間社会を生き抜く上でとても参考になります。私たちが生き残るためにはいままで気がつかなかった(見過ごしてきた)生き方を模索する必要があるのかもしれません。生物が身につけている「コスト・ベネフィット計算」「トレード・オフ」のあり方は人間社会にも有効なように思えるのです。そうして見つけた、生き残る知恵の中にモラルを打ち立てること、それこそが現代の私たちに必要なことなのだと痛感させられました。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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https://note.mu/nonakayukihiro

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