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〝なでしこ力〟を引き出した佐々木監督の「人生訓」が格好よすぎる

2015.12.13
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なでしこジャパンが、2011年にドイツで開催された女子ワールドカップで強敵アメリカをPK戦の末に下し、見事優勝を果たしてから早くも4年以上が経ちました。その翌年にはロンドン五輪で銀メダル、今年(2015年)にカナダで開催されたワールドカップでも準優勝。ロンドンとカナダでアメリカを相手に優勝を逃した口惜しさはあるものの、なでしこたちは魅力的なサッカーで世界中の人々を魅了したのです。

かくて、なでしこジャパンが世界の大舞台で結果を出しえたのは、むろん実際にプレーした選手たちの功績なのですが、サッカーに限らず組織やチームというものは、誰がどのように指導するのか、それによって大なり小なり出せる結果には違いが生じるものだと思います。
元なでしこジャパンのチームドクター・山藤賢さんも、本書文庫版の巻末で、彼女たちがワールドカップで優勝できた理由をこう述べています。

「佐々木則夫が監督だったからである」

仲間を思いやり共感する力、厳しいトレーニングにも高い集中力で取り組み、相手が誰であれ普段通りの自分を表現し、たとえ崖っぷちに追い込まれても諦めない力、そして何よりサッカーをとことん楽しむことができる──そうした日本女性に備わるポジティブなパワーを、佐々木監督は〝なでしこ力(ぢから)〟と名付けました。

佐々木監督は常に選手たちと同じ目の高さ──「横から目線」に立ち、彼女たちの兄、もしくは父親のような感じで接するそうです。だから選手たちも監督のことを「ノリさん」と慕う。
ところが練習になると一転、佐々木監督は厳しいらしい。
「私には無理」という弱気を認めるつもりはない。
これが、佐々木監督の考え方。かといって、絶対にできもしないことを強制するわけではなく、妥協や甘えを認めないのです。

本書からは、そんな佐々木監督の「戦術家」としての一面も窺い知ることができます。佐々木監督は、なでしこジャパンに本格的なゾーンディフェンスを導入し、「外から中」へと相手を追い込んでボールを奪う方法を採用しました。
「外から中」へ、つまりピッチのサイドから中央へと相手を誘導する。この発想は、独創的ではないものの、なかなか面白い。守備の際、組織的に人数をかけて相手を特定の場所に追い込んでボールを奪い取る場合、たいていは中央突破を防ぐために「中から外」になる。しかし、佐々木監督が用いた戦術は、その逆なのです。
なぜなのか。

世界の強豪国と戦う場合、日本人はどうしても体格面で劣ってしまう。よって、1対1の勝負に持ち込まれると、相手のパワーとスピードに圧倒されがちです。すなわち、ボールをサイドに追いやり、1対1の状況が生じたときに、パワーとスピードで簡単に縦に突破されてしまうかもしれない。仮に突破されたら、今度はプレッシャーの少ない状態でクロスを上げられ、ゴール前での競り合い──高さとパワーの勝負に持っていかれる。日本としては不利な状況が続きます。
佐々木監督はそのような状況を作らせないために、あえてサイドから中央へと相手を誘い込む戦術を導入したのです。縦を切り、人数の多い中央でボールを奪い取る戦法を。

僕は戦術の話が好きなので、本書を読んでいて、この部分が一番面白かった。
しかし佐々木監督に言わしめれば、「最高の戦術」とは、このようなものではないそうです。

選手が「自分らしさに自信を持つこと」。

それが佐々木監督が考える「最高の戦術」。
たぶんこういうことを言える人だからこそ、選手たちは「ノリさん」と呼んで監督を慕い、そのノリさんから高いレベルの要求を突きつけられても不断の努力で消化して、実践できるようになったのでしょう。
佐々木監督の格好よさは、そうした選手を思いやる面にとどまりません。
遡ること5年以上前の2010年、中国でワールドカップ予選を兼ねた女子アジアカップが開催されました。なでしこジャパンはこの大会で3位となり、見事、ワールドカップ行きのチケットを手にしたのですが、監督は試合後の記者会見でこうぶち上げました。

「なでしこジャパンの選手たちは、世界のチャンピオンを目指しています」と。

結果は皆さんご存知の通り。
公然と大きな目標を宣言し、有言実行してしまう。佐々木則夫は、やはり格好いい。
僕がこれまで抱いていた〝ノリさん〟のイメージは、気さくで明るくて、性格的には三枚目。ところが見事に裏切られました。

「肩書きは部下を守るためにある」

自著で堂々とこんな考えを語るくらい、実は二枚目な人なのです。
試合に負けたとき、批判されるべきは監督であり、選手に責任は負わせない。結果を出せなければ職を追われる。監督という肩書きは、そのような責任を引き受ける勇気を持てる者だけに与えられる。しかし、監督になったからといって、自分という人間が偉くなるわけではない──それが佐々木監督の考え方なのです。
実際、佐々木監督は偉ぶることなく、選手たちにフレンドリーに接するそうですが、知的で優しくて結果も残せるなんて、これではまるで理想の上司だ! 
たとえサッカーに興味がなくても、佐々木則夫という人を知ることで、自分の私生活や組織の中で活かせる何かがきっと見つかるはず。本書『なでしこ力 さあ、一緒に世界一になろう!』は、そのような価値を有した一冊なのです。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。

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