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三國連太郎の代表作「この10本」。人間の〝業〟を生き続けた怪優

2015.12.06
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1951年の映画『善魔』デビュー以来60年あまりの役者人生で、出演した映画は180本以上に及ぶという三國連太郎さん、今の私たちには22本制作された『釣りバカ日誌』のスーさん役の印象が強いのではないかと思います。この本は数多い出演作の中から三國さん自身が10作品を選び、佐野さんが三國さんと一緒にそれらを見ながらロングインタビューしたものです。紙面のあちこちから楽しそうな佐野さんの表情が浮かんできそうです。

選ばれたのは『飢餓海峡』『にっぽん泥棒物語』『本日休診』『ビルマの竪琴』『異母兄弟』『夜の鼓』『襤褸の旗』『復讐するは我あり』『利休』『息子』の10本、どれもが不朽の名作です。それらを見つつ語られているのは映画が制作された時代背景や作品の裏話だけではありません。監督観、俳優観、映画観、演技論を含めて役柄に投影された、三國さん自身の人生を問わず語りに引き出しているものです。

複雑な家庭環境の中で三國さんは生を受け、若い頃は日本だけでなく中国大陸での放浪の生活を送りました。兵役を逃れようとしましたが失敗し中国戦線へと送られます。戦後、捕虜となり帰国はしたものの、生活もままならない日々が続いたそうです。そんなある日、銀座の公園でひとり途方にくれていた時に映画界にスカウトされました。
それが、それまでの過酷な人生に一線を画して、新たな人生を始めることを三國さんに決心させたのです。三國連太郎という芸名はデビュー作『善魔』の役名をそのまま使ったということはよく知られていますが、この日から新たに〝三國連太郎〟という人間を生きることにしたのではないでしょうか。

出演する作品ごとに違った役柄を見せる。役者としては当たり前かもしれませんが、三國さんの徹底ぶりはすさまじいものです。作品ごとどころではなく「テストと本番で違う演技をする」「稽古をやるたびに、僕は演技が変わっちゃう」(三國さん)という実に監督泣かせの演技姿勢だったそうです。
役作りの徹底さもすさまじいもので、『異母兄弟』では健康な歯を抜く、しかも治りを早くするために麻酔抜きでの抜歯と……。なぜそこまでするのかという佐野さんの問いかけにも三國さんは「ものに対する執着がないからじゃないでしょうか。歯は年をとれば、どうせ抜けてしまいますからね」と穏やかに語るだけでした。
『襤褸の旗』で田中正造を演じた時には思わず土を食べたといいます。そのような演出は台本にはなかったというのに。まるでそれは、田中正造を演じたというより三國さん自身が田中正造を生きたといったほうがふさわしいようなものではなかったでしょうか。

作品ごとにその人物になりきり、生きる……。では三國連太郎とは何者か……とてつもなく大きな、どんなものでも入れられる器のようなものといえばいいのでしょうか。〝怪優〟たるゆえんのひとつなのだとは思いますが、それは逆にいえば、つかまえどころがないということにもなります。
インタビューを通して佐野さんはこう語っています。
「素顔の三國は必要以上に率直に語ることによって、徹底的に「演じない」ことを自分に課しているようだった。それは生来の照れから生まれた三國独特の含羞のようにも見えたし、長い年月をかけて鍛えた高度な〝はぐらかし〟の演技から生まれたもののようにも見えた」と。
その〝大きな器〟を作り上げたのはなんだったのでしょうか。それは役者の〝業とでもいうべきものに向き合い続けた姿、それが生んだものではないでしょうか。役者のそれだけではありません。それを超えて三國さんは生涯、人間そのものが持つ〝業〟に向き合い続けたのです。そして、その生き方こそが三國さんを親鸞へとむかわせたのでしょう。生い立ちだけではありません、戦地からの生還のやり方、映画界へ入ってからのさまざまな女性遍歴、すべてをなげうっての放浪などもまた三國さんが〝業〟というものに向き合った姿だったのです。

三國さんは「今後の展望というものは、まったくないですね」といい、演じてみたい歴史上の人物はいますかという問いにも「いません。すべて人生すっぴんです」と答えています。
「三國連太郎という稀代の俳優(わざおぎ)は、自分の人生まで虚実とりまぜて銀幕上の作品にしてしまったのだろうか」という佐野さんの言葉が心に残る傑作ノンフィクションです。映画を見ながら縦横に語られる三国さんの語り口は融通無碍で、それらもまたこの本を豊かなものにしていると思います。かなうならば、1本1本見ながら読み返して見たくなります。
そして……三國連太郎さんはこの本が刊行された1年6ヵ月後に帰らぬ人となりました。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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https://note.mu/nonakayukihiro

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