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稼働中の原発内部では何が起きているのか。肉声が伝える労働者の実態

原発労働者
(著:寺尾紗穂)
2015.11.25
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本来、ものが落ちているはずがない燃料プールの底にはさまざまなものが落ちているという……それどころかその「燃料プールに落ちたものを拾いに潜る」外国人労働者がいるといいます。その話を聞いた寺尾さんはこう思ったそうです、「安い賃金で使い捨てにされる労働者たちのはらいせや怨念が沈んでいるかのようだ」と……。
この本はひとりのシンガーソングライターが「非常時の原発ではなく、平時の原発で働き、日常的な定期検査やトラブル処理をこなしている人々」が、どのような環境で、どのように働いているのかを聞き書きしたものです。

そこで浮かび上がってきたのは想像を絶するような過酷な現場でした。
安全性の確認に必要な放射線計測のモニターも「一般作業員は手足しか計測できないモニター、東電社員は全身の汚染を一回で計測できるモニタ―」と、身につけているものから差がつけられているという原発労働者たち。抗議をすると「他の人もまとめて会社ごと切られる」という雇用環境におかれているのです。
「作業員が声をあげればいいというけど、後のない人間は声を上げられない。自分も仲間を巻き添えにしたという思いがある」という現場の声があります……。
さらには現場でケガを負っても「原発では労災請求はほとんど起こらない。遠慮と萎縮を労働現場に蔓延させているのは、もちろん原発の下請け構造である。我慢できるものは我慢して、現場を後にする。仕事を失わないためには泣き寝入りするしかない」というなかで彼らは働かざるをえないのです。

線量のごまかし(アラーム・メータ無視)もしばしば行われているといいます。確かに働いているなかでは「外さないと仕事にならない、そういう瞬間が現場」にはあるのかもしれません。もちろんそれはそのまま放置していいものではありませんが、その状況が改善されるようすはうかがえないままです。そしてその結果がもたらしたものは「日本の原発労働者の被曝量は世界でもっとも高い」という惨憺たる事実でした。
「働きたいもしくは働かなきゃいけない人たちに環境を整えていくっていう。使い捨てが起こらないような状況が生まれたらと思ってます」
このような現場の声は届いているのでしょうか。

ごまかしがあるのは線量だけではありません。炉心管理でも行われていたといいます。
「大きい炉心だと140トンくらいは核物質が入っているんだけど、4割くらいは得体の知れない物質になってる」という核のゴミ。その排出量は高い出力で運転したい夏場などには「計画の数値をこえることがしばしばだった」そうです。
「そのときには値を超えちゃいけないってことで、誤差の範囲内で書き換えしてたんだけど、捏造だよね。(略)夜中に、日付が変わるころに」
これを打ち明けた人は東電を退職し、今は電力会社や行政への依存を最小限になるように心がけて暮らしているそうです。
それにしてもこのように都合のいいよう書き換えられたデータはどういった意味を持っているのでしょう。そのようなデータに基づいて私たちが原発のなにを判断できるというのでしょうか。

労災認定についても多くの問題が隠されています。たとえば「低線量被曝が問題になる内部被曝」について正しい理解が行われているのでしょうか。それどころか「内部被曝の危険を無視したい人々は(略)「リスク─ベネフィット論」や「コスト─ベネフィット論」といった社会的、経済的、政治的な観点からのリスク論を持ち出して、被曝を「合理的に」人々に納得させよう」としていると寺尾さんは指摘しています。
原発労働者の劣悪な労働環境の上に成り立ってきた原発の稼働というもの、軽視されてきた(としか思えない)内部被曝問題、そしてその上での労災請求審査……確かに労災認定の却下が多いことにもうなずかざるをえません。

「原発を支えるのは雇用保険にも入れない大量の労働者たち」です。しかも彼らの被曝線量は電力会社をかわるごとにリセットされるのです。「全国まわってる人は結構被曝している」という声もあります。
「効率化の名のもとにこの社会が切り捨てたものの第一は、労働者を育てるという態度、労働者に人間的に向き合う姿勢なのかもしれない」と記す寺尾さんの言葉は重いものです
原発とはなにか、原発を支えているのは誰かということを改めて考えさせてくれる1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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