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皇后とは何か? 血脈の外からやってきて、日本に与え続けたもの

皇后考
(著:原 武史)
2015.11.21
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日本の〝皇后〟には2つの原型とよべるものがあるようです。ひとりは神功皇后、もうひとりは光明皇后。前者は、神話上の存在ともいわれていますが、仲哀天皇の皇后であり応神天皇の母、そして仲哀天皇の死後、三韓征伐を指揮し、凱旋後69年間摂政の地位にあったと伝えられています。光明皇后は聖武天皇の皇后で仏教を庇護し民衆救済のため悲田院や施薬院を作ったことで知られています。
前者が政治的存在であるとすれば、後者は慈母的存在とでもいえます。
慈母的存在の皇后像というのは私たちにもなじみ深く感じられると思います。では、神功皇后のような戦う皇后像というのはどのように捉えられていたのでしょうか。

原さんは明治時代では神武天皇より神功皇后のほうが一般によく知られていたことに注目します。神功皇后を祀った社のほうが神武天皇を祀ったものより多く存在しているのです。神功皇后は三韓征伐の逸話を中心に広く民衆に知られていました。江戸時代には歌川国芳の絵にもなっています。
この神功皇后に自らを擬した皇后がいたのではないか、というのが原さんの問いかけです。

この戦う皇后像は昭憲皇太后美子(明治天皇皇后)にその始まりがみらます。明治天皇とともに近代的な天皇・皇后のあり方を求められた皇后は新しい日本の到来を象徴する光明皇后型(慈母型)であるとともに富国強兵の一翼を担う神功皇后型(政治的)であることをも求められたのかもしれません。この本では日清、日露の両戦争に消極的だった明治天皇を補佐するかのように国民を鼓舞する皇后の姿が紹介されています。それは近代的な天皇のパートナーとしての皇后のありようを示したものでもあったのです。

さらに、この戦う皇后像をよりはっきり打ち出したのが大正天皇の皇后節子(貞明皇太后)でした。それは、大正天皇の皇后として自分はどのような皇后であるべきかを自ら追ったものでもありました。もちろん慈母型の姿も消えたわけではありません。ですがそれは伝えられている光明皇后の姿とは少しく異なったものでもあったようです。
一夫一妻制に基づくことが求められた近代の天皇家において皇后とはどうあるべきか、それはかつてはなかった問いでもありました。
原さんはこう記しています。
「宮中祭祀のほとんどは、明治になってつくられた「にせの伝統」「発明された伝統」であることを、天皇睦仁も皇后美子も同時代人としてよくわかっていたのではないか」
その跡を継いだ大正天皇夫妻もまた自分たちのありようを自ら作り上げなければならなかったのでしょう。

けれど大きな悲劇が待っていました。大正天皇の発病です。
「皇室に一夫一妻制を確立させようとした皇后節子」でしたが「実際には、皇子たちとの完全な同居はかなわず、天皇は天皇でより若い女官に目移りするばかりか、体調まで崩してゆく。皇后が「精神の健康」を保つために「神ながら道」を必要としたのは必然のなりゆきであった」と……。
この時に皇后の前に模範として現れたのが神功皇后という政治的な戦う皇后の姿だったのでしょう。神功皇后の姿に「神ながら道」を見たのです。
大正天皇の病状はかんばしくなく、皇太子(昭和天皇)が摂政となることになりました。原さんが考えたように、あるいは皇后の脳裏に神功皇后のように自らが大正天皇の代わりに摂政となる、ということすらよぎったのかもしれません。けれどそれはありえないことでした。

そして大正天皇の崩御、新帝(昭和天皇)の即位。皇太后となった節子は天皇に対して大きな影響力を行使するようになったのです。新しい天皇・皇后像を求めたはずの皇后節子の姿はそこにあったのでしょうか……。
「神ながら道」というものへ身をあずけた皇太后は昭和天皇との間に大きな溝を作り出していきます。時には昭和天皇とは異なる考えを周囲に語ることもありました。それは、皇太后を中心としたさまざまな駆け引き(政治的な工作)を生むことにもなったのです。

「生まれながらの皇后はいない。天皇とは異なり、血脈によって正統性が保たれていない皇后は、人生の途中で皇室に嫁ぎ、さまざまな葛藤を克服して皇后になることがもとめられる」
天皇とは異なり、皇后は常にその存在を自らさぐらねばならなかったのです。
この本は、結語にいたるまで一気に読み進んでしまう迫力に満ちた近代天皇制と昭和史に新しい視点をもたらす極めて刺激的な1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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