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願いが叶うと必ず代償が伴う。楠みちはる、車漫画32年からの脱皮なぜ?

『湾岸ミッドナイト』『シャコタン★ブギ』などで、多くの男性読者を魅了してきた楠みちはるが書き下ろし原作となる本作のルーツと、38年にわたる漫画家生活を語るインタビュー。

2015.11.20
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楠みちはる

1957年、高知県出身。1977年、『あこがれの白いスポーツカー』でデビュー。代表作に『湾岸ミッドナイト』シリーズ、『シャコタン★ブギ』『あいつとララバイ』など多数。『湾岸ミッドナイト』は第23回講談社漫画賞を受賞している。現在は「イブニング」で『神様のジョーカー』(原作担当)、「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で『特別のEGOIST』を連載中。

“楠みちはる”を脱皮したいと思った

神様のジョーカー
©佐原ミズ・楠みちはる/講談社

――楠さんは、車やバイクを題材にした作品が有名ですが、今回の『神様のジョーカー』は“願いを叶える力”を持っている青年が主人公という、これまでの作品とは趣きが異なる作品です。なぜ新しい題材に挑戦しようと思ったのですか?

楠:“楠みちはる”を脱皮したかったんですよね。『シャコタン★ブギ』や『湾岸ミッドナイト』を描いて、気が付いたら週刊誌で車漫画を32年4ヵ月もやっていました。漫画家としてそこで成り立っていたから、良くも悪くもモデルチェンジせずにきたんです。でも、自分ではいつまでも20代のつもりだったけど、気づいたときには50代。56歳で引退しようと思っていたから、その年齢に近づいたとき、まだ自分は描きたいものを描いていないと思ったんです。このまま車やバイク漫画だけで引退したくなかったんですよね。漫画家として違うジャンルが描きたかったんです。

――56歳での引退というのは早い気がしますが。

楠:オヤジが56歳で倒れたんですよね。僕が33歳で、「少年マガジン」と「ヤングマガジン」で週刊連載を2本やっているときでした。オヤジはすごく元気だったから、倒れるなんて一度も考えたことがなかったんです。でも倒れたときに、僕はオヤジと似ているし、この仕事をしていたら56歳が限界だと思ったんです。それがひとつの基準になりました。

――なるほど。楠さんというと、やはり“車”と“バイク”のイメージを持っている読者が多いと思います。

楠:そうなんだよ。長いこと描いていたしね。もちろん車やバイクは好きだけど、もともと描きたかったわけじゃないんですよ。みんな勘違いしているけど、僕はもともと“漫画”が好きなんです。車やバイクは題材であって、それが描きたくて漫画家になったわけではないんですよ。

――『神様のジョーカー』は“願いを叶える力”を持つ男子大学生が主人公という、ミステリアスな内容の作品ですよね。

楠:もともと僕は筒井康隆さんや平井和正さんの小説が好きだったんです。1960年代はミステリーとSFブームで、小学生のころは「少年マガジン」で連載されていた『幻魔大戦』や『8マン』を読んでいたんですよ。ミステリーやSFが好きなティーンエイジャーのときがあったんです。19歳くらいのときはSF漫画を描いていましたし。急に描きたくなったのではなく、もともと描いてみたいと思っていたんです。

――1巻のあとがきにも、このストーリーは21歳のときに思いついたと書かれていました。

楠:そうそう、新人の頃にね。この作品の原案みたいなものがあるんですよ。

――ストーリーはブラッシュアップされていると思うのですが、当時と変わらない想いはありますか?

楠:漫画が純粋に好きだった19歳、20歳のころの自分が、読者としてチェックしているというのが基本です。昔の自分に恥じないものを描くということを、常に意識しています。

妄想はタダだし自由。こんなに楽しいことはない

神様のジョーカー画0102
誰もが経験のある「神頼み」。
しかし主人公・希和にとって、それは安易にすべき行為ではない。

――漫画家になろうと思ったきっかけはありますか?

楠:オヤジの影響で16歳のときに小説を書いていたんですよ。うちのオヤジは毎日小説を書いていたんです。アマチュアだけど、実家の階段に10年分くらいの原稿が山積みになっていたんです。オヤジたちの時代はテレビも漫画もなくて、小説が一番のエンターテインメントだったんですよね。

――子供の頃から物語を書くのがお好きだったんですね。

楠:そうですね。子供のときに「少年マガジン」で毎号『あしたのジョー』を読んでいたんですけど、読み終えると次のストーリーが待ち遠しくなるんです。だから自分で話の続きを考えちゃうんですよね。で、次の週に続きを読むじゃないですか。当然本物の方が面白くて、あ〜すごいな~って。そうやって毎週、いろんな漫画の続きを考えていました。考えるのはタダだし、妄想は自由じゃないですか。こんなに楽しいことないなって思ったんです。頭の中で考えたことは“黄金”なんですよね。

――“黄金”ですか!

楠:頭の中で考えている世界は、輝いている。だけどそれを形にすると、ほとんどのものが“鉛”になってしまうんですよね。可視化とか具現化してみるとつまらない。意外と普通の物語にしかならないんですよ。難しいところなんだけど、そこが面白くてしょうがない。

――長年漫画を描かれていて、ネタが尽きたことはありませんか?

楠:僕は漫画家になってから、アイデアに詰まったことが一度もないんです。面白いか面白くないかは別として。自分から出てくるワードが多くて、描くのが追いつかないんですよね。だからもっと描きたいんです。

――漫画家として大切にしていることは何ですか?

楠:編集者を家庭教師にしないこと。漫画家って忙しいし、編集者のほうが頭いいから言う通りに描いていれば間違いないんですよね。でもそうすると、編集者が家庭教師になってしまって、編集者がいなくなったときに勉強の仕方がわからなくなってしまうんですよね。編集者が気になると言ったところは、やっぱり誰もが気になるところではあるけど、でもそこをどう直すか、もう一歩違うことを描けるかというのが才能。あくまでも自分が最後のワードを出すくらいの気持ちが大切ですよね。言う通りに描いていたら、この世界では残らないと思います。

――引退の基準としていた年齢を過ぎ、58歳となった今でも現役として長く続けられる秘訣は何ですか?

楠:僕は今ひたすら節制している。漫画家になってちょうど10年経ったときにオヤジが倒れて、体のスペアはないってことに気づいたんです。昔の定年って55歳じゃないですか。そこまで人間はフルに動けるんですよね。でも55歳を過ぎた今、長く続けるにはひたすら体をつくっていくしかないんです。

――どんなことを節制していますか?

楠:昔は3日寝ないことも平気だったし、食生活はハンバーグと焼き肉を一緒に食べていたぐらい荒れていたんですよ。それを玄米にしたり塩分を控えめにしたり。あとは甘いものとかドレッシングとか、おいしいものを極力やめたんです。コーラもお酒もやめました。

――そこまで徹底しているのはすごいですね!

楠:おいしいものより何より、漫画を描くことが面白いんです。

「上手く行く先には落とし穴がある」―『神様のジョーカー』はそういう考えから生まれた

神様のジョーカー画03
茉洋を手に入れるために希和が払った代償は、愛犬の死。
その事実を知った茉洋は、希和の力に囚われていく。

――主人公が持っている“願いを叶える力”は、つまり“神頼み”や“願掛け”が叶うということですよね。願ったことが叶うというのは、大小の違いはあっても誰もが経験していることだと思います。とても身近で、ありそうでない不思議な力に引き込まれました。

楠:今の時代、超能力を題材にした漫画はもう描きつくされているじゃないですか。モノを宙に浮かせるとか、今更そういうものを描いてもダメだと思ったんです。だからより現実生活の中で、有り得るであろうことを描きたかったんですよね。例えば、携帯電話が出はじめの頃、“彼から電話がきたらいいな〜”と思っていたら、本当に掛かってきた! みたいな経験があるじゃないですか。以心伝心みたいなこと。その程度のリアルさがいいんですよね。起こるであろうことを積み重ねていって、それがだんだん大きくなっていくみたいな。

――この力は、願いが叶うと必ず代償が伴います。人生の幸と不幸のバランスが保たれるという設定は、楠さんの漫画家人生にもリンクしているのでしょうか。

楠:少年漫画の世界は僕にとって憧れの場所だったけど、割と早くそこに入れたんですよね。でも、そこでラッキーとは思わずに、「これヤバイぞ」って思ったんです。あまりにも上手くいったんで、必ず落とし穴がある、当然差し出すものがあるなと思いました。『神様のジョーカー』は、そういう考えから生まれたものでもある。

――楠さんは漫画を描くために節制して、好きなものを我慢していますよね。ある意味、自分自身に代償を科しているようにも思えますが、どうでしょう?

楠:漫画家になったとき、とにかく身繕いをやめました。あまり値段の高い服を着ない、自分をきれいに見せないって。何でかと言うと、身繕いをすると心が乱れるんですよ。学生のころに先生が「服が乱れている人は、勉強に集中できない」って言うじゃないですか。あれは本当なんです。いい服を着ると街を歩きたくなるじゃないですか。自分はそういうのに弱いから、やめようって思ったんですよね。一番好きなものを持っていると、どうしてもそっちにエネルギーを持っていかれるから仕事にならないんですよね。人やモノってパワーがあるから、少しでも排除したいと思ったんです。

――デビュー当時からストイックだったんですね!

楠:元々が遊び人なんですよ(笑)。自分がそれを自覚しているから、漫画家になろうとしたときに遊んじゃいけないと思ったんです。10代の頃の僕は努力をしたことがなかったんですよね。だから20代はひたすら努力をしてみようかと。デビューしたばかりの頃は、ネーム(漫画の設計図となる絵コンテ)を1000枚くらい描いていたんですよ。この太い指で描くのがどれだけ大変かわかります?(笑) オヤジから「お前の手は物書きの手じゃないから、なれないよ」って言われたこともありました。だから自分の手を見ると、努力をしないといけない、人の倍時間をかけないといけないと思ったんです。

物語がどこに転がっていくかわからない、そのライブ感が楽しい

神様のジョーカー画04
尊敬する先輩を退社に追い込んだ憎き上司・松木。
茉洋は彼の願いを叶え、「代償」を払わせようとするが――。

――『神様のジョーカー』で、主人公が就職する会社は大手出版社です。舞台に出版社を選んだのには、何かこだわりがあるのですか?

楠:こだわりはないよね。単に出版社が舞台だと描きやすいから。こういうちょっと不思議な物語を描く場合、知らない業界を描くより、よく知っている出版の世界を描いた方がリアル感を出せるかなって思ったんです。漫画を30年以上やっているから、出版業界について有無を言わさぬ説得力があるじゃないですか。他の設定だと作り話になっちゃうし。僕が原作をやるなら、やっぱり説得力のある物語を描きたいと思ったんですよね。

――今回、作画は佐原ミズさんが担当していますね。

楠:漫画ってやっぱり絵なんですよ。小説って、100人見たら100通りの絵が浮かぶじゃないですか。漫画は絵が一つしかないから、よくも悪くも絵で決められちゃうんですよね。だから漫画は、絵が勝負。佐原さんの絵は抜群に良いし、ストーリーにも彼女のテイストが加わっています。僕の漫画なんだけど、僕の漫画じゃない。この感覚は初めての経験です。まだ1巻を通しで読んでいないので、読むのが楽しみですね。

――今後の展開についてはどうでしょう?

楠:いや、全然考えていない。言われれば、何でも描きますよ(笑)。僕の悪い癖なんだけど、望まれるものは何でも描いちゃうんです。でもそれじゃあ面白くないよね。ネタはいろいろありますが、物語を「こういうものだ」って先に決めちゃうとつまらない。打ち合わせで雑談をいっぱいした中で、最後の最後にポンッと出たネタが意外と面白かったりするんですよね。話すこと、描くことによって次の展開が出てくるから、物語がどこに転がっていくかはわからない。そのライブ感を僕自身も楽しんでいるし、読者の皆さんも楽しみにしていてください。




取材・文/中原ひとみ

  • 電子あり
『神様のジョーカー』書影
作画:佐原ミズ 原作:楠みちはる

平凡な男子大学生・緒方希和(おがたきわ)。
就活もうまくいかず、年上の彼女・茉洋(まひろ)には叱られてばかり。
そんな彼には一つだけ誰にも言えない秘密がある。
――それは「願いを叶える力」を持っていること。
神が与えた奇跡ともいえるその力は、けれど万能ではない。
願いの成就と引き換えに「代償」を支払わねばならないのだ。
この危うい力の存在を茉洋に打ち明けたことで、二人の運命の歯車は徐々に狂いだす――。

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