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ていねいな取材により「東北の美しさ」を描き出した書物
(著:赤坂憲雄)
東北は美しい。
這うようにして登った出羽三山、とうとうと流れる北上川、雲にかすむ岩木山。いずれもかけがえもなく美しい。いや、そんな名のある土地ばかりではない。東北の山河はどこもかしこも美しいのだ。
東北を見たことがある人ならば、きっと首肯してくれると思っている。
そんな思いは、当然東北人も持っている。おらほうはどこよりもキレイなんだ。そう言いたくて仕方がない。
でも、わかっちゃもらえない。当たり前だ。上州だって、信州だって、四国だって九州だって、どこに行ったってキレイな土地はある。どうして東北だけ特別だっていうんだ。
でもキレイなんだよ、他とは違うんだ。小声でそう語るあなたは間違いなく東北人です。
人は誰でも、俺は人より凄い、優れていると言いたがる。誰だって人に尊敬してもらいたいし、認めてもらいたいと思っている。まして、いわれなく軽蔑されていると感じているならば、多少背伸びしても、それを払拭したいと願う。
東北人はみな、そんなコンプレックスを濃厚に持っている。かつて蝦夷といわれ蔑まれてきた民だから。征服された民だから。せめて、その差別的な視線で眺めるのをやめてくれよ!
だからこそ言いたいのである。日本最大の縄文遺跡、三内丸山遺跡は青森県にあるんだと。奥州藤原氏はときの朝廷よりもずっと豊かだったと。東北には独自の経済圏があり、独自の文化があったんだ。古事記や日本書紀に書かれていない歴史を持っていたんだと。
しかし、それは文字になって残されてはいない。ただ遺構があるのみなのだ。文字になっているのは、むしろ蝦夷として蔑まされた歴史であり、征服されたという事実ばかりである。
最大の偽書であり、世紀の捏造といわれる『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)は、そんな心象から生み出された。俺はすげえんだぞ、優れているんだぞと主張したい。軽蔑するなんて間違いだと言いたい。そのためには、古事記や日本書紀に書かれていない歴史が必要だったのである。そこには、たとえ嘘をついても認められたい、悲しい気持ちが表現されている。
本書の著者は、東北に住み、フィールドワークを重ね、「東北学」という新たな学問を切り拓いた民俗学者である。
なぜ東北なのか。
ひとことで述べるのは難しいが、「民俗学」という学問が、稲作の国=日本という虚構の上に成り立っていることを見抜いたからだ。
東北の気候に、南国の植物である稲は合わない。何度となく記録された東北の飢饉は、作物が稲であるがゆえにもたらされている。
では何が合うのか。雑穀である。わけてもヒエは、寒冷地でも飢饉知らずの作物として重宝されていた。それが何故稲作に転じたのか。日本という国がひとつであるというイメージが必要だったからだ。これは外国が意識されだした明治維新から醸成されたが、そのためには日本のどこに行っても同じ作物が生産されていることが必要だった。瑞穂の国(稲作の国)=日本。そのイメージのためにも、東北以北で稲作が行われていることは必須と言えた。柳田民俗学は、そのために大きな役割を果たしている。
ヒエは婢と書く。軽蔑されていたのである。そんなものを食っている人種でいたくなかった。ここにも、東北人のコンプレックスが見え隠れしている。
たとえ南国であっても、コメは租税のための作物、商品としての作物であって、それを生産している民は雑穀を食していた。したがって、ヒエを食っていたって恥じることは何もないのだが、そんなことは表面には出てこない。尊敬されるためには、認めてもらうためには、軽蔑されないためには、瑞穂の国の一部でなければならなかったのだ。
本書は、丹念に取材を重ね、東北の真の美しさを描くともに、そんな悲しい心象をも描き出している。短絡せず、地道な取材を重ねることで、東北が独自の文化を持っていたことも語っている。
文章もいいし、表紙もいい。ときの政治力学によって、見えなくなっていることはたくさんあるし、虐げられた人たちもいる。ああ民俗学っていいなあ、大切だなあ。本書は、そう感じさせてくれる良書である。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。
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