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引き裂かれた関係をはらんでいるのが私たち人間の社会なのかもしれません

2015.09.18
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コミュ障(コミュニケーション障害)というものについて認識を改めさせる一冊です。普通コミュ障とは「他人の気持ちを理解する 能力に欠けているとか(略)社会性に乏しいとよくいわれる」ますが、それが誤解だということ、「むしろコミュ障の人間こそが、他の動物より進化した人類として、もっとも人間的な存在であるかもしれないということも、この本には書かれている」のです。

正高さんは心理学的な実験を繰り返すことで、あることを発見します。それは多くの類似した顔の中から「怒り顔」を見つけるという実験でした。「怒り顔」を見つける反応がコミュ障の子どもでは普通の子どもより時間がかかるという結果はっきりとがでました。そこから正高さんは次のような結論を導き出します。
「人間的ではなくて動物的な方の情報処理が働かないがゆえに、コミュ障の人では怒り顔の迅速な認識が妨げられている」と。さらに正高さんは、「通説に従う限り、コミュ障は他人の心情を理解することが困難であることに基因するとか、他人の思いに共感する能力に欠けることに起因するといったように、もっとも高等な社会的な能力、すなわちもっとも人間的とされる資質に問題があるとされてきた」。けれども実験はそれと反対の結果を示していたのです。「コミュ障は人間の資質を動物的なものと人間的なものに大別した場合、後者よりもむしろ前者に問題があることから生ずる可能性を示唆しているのだ」と。

これは何を意味しているのでしょうか……。人間は動物性から切り離されて進化しているということなのでしょうか。
正高さんが厳しく指摘しているように「コミュ障の人とは、人間が生物として本来の生活スタイルを保持しているならば、ふつうよりも身にふりかかるリスクが大きかったはずの人である。つまりダーウィン流の表現を借りるならば、淘汰されやすい個体であった」のです。にもかかわらずコミュ障が話題になるのは「とりもなおさず人間の生活スタイルが、生物としての本来のそれとはおよそかけ離れたところまで来てしまったからと、考えるしかないだろう。人工物が身の回りに氾濫し、自分自身の安全を確保するために、自らの五感をフル活用する必要のない世界へと、自分たちで作りかえてきた結果」だと……。

その結果、「感情というものを犠牲にして、知性の優位性を無条件に認める資質──この態度をいかなる状況下でも貫徹できる」人たちを生み出すことになりました。これはコミュ障の優れた部分が生かされる環境も人間は作り出したといえるのかもしれません。正高さんはその実例として3人の天才を取り上げています。レオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、南方熊楠です。この3人にふれた第3章「木を見て森を見ない──パーツにこだわる世界認識。はこの本の中でも極めて興味深いことが記されています。

そのような可能性をも秘めたコミュ障というものですが、その一方で、やっかい者(「お騒がせ」「困ったちゃん」)といわれ、「場合によってはその状況が、ひきこもる人を生む土壌と化している」いるのも確かです。なぜそのようなことが起きているのでしょうか。
そこには人間独特の社会の作り方があったのかもしれません。
「高等生物というのは、社会的な緊張を代価にしてでも豊富な資源を望む群れ生活か、資源も乏しく危険度も高いが、安心できるなわばり生活かのいずれかを選ぶ宿命におかれているのだ。その際、ひきこもる人は、後者を選んだということにすぎない」
そのような引き裂かれた関係をはらんでいるのが私たち人間の社会なのかもしれません。

正高さんはこのひきこもりの人たちがそこから脱出するための「ヒント」を最後に提案しています。「声明(しょうみょう)」「ミーティング」「書くこと」というものです。すぐわかるようにいずれも“言葉”というものに関するものです。
特殊な進化を遂げている人間社会というもの、こには言葉というものの存在が大きく関わっているということをこれはあらわしているのかもしれません。

STAP細胞事件と現代のベートーヴェン事件から書き起こされたこの本は“動物性とは何か”“人間性とは何か”さらには“人間社会とは何か”“言葉とは何か”をもう一度考えさせてくれました。と同時に「正しく理解し能力を引き出す」ことの難しさも実感させられました。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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