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ひとりが死に、ひとりが逮捕された。少年たちの間になにがあったのだろうか。少年はなにをしたのだろうか(あるいはしなかったのだろうか)

Aではない君と
(著:薬丸岳)
2015.09.14
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不思議なことに個性が重視されるはずの現代で、人は自己の存在の希薄さに悩むようになっています。
これは若い人だけの話ではありません。私の、もう初老に近い知人は、ネットで政治や軍事について議論をするのが大好きなのだそうです。「金にもならないのに無駄な時間を」と思うところですが、しかし実はその気持ちもわからなくはありません。
議論すれば「敵」を感じることができる。敵を感じることで、自分自身の存在もまた確認できる気分になるのでしょう。「はい論破。俺はここにいる!」みたいに。

かつての子どもたちは、大人という「敵」を見出すことで、自分の存在も感じることができた。しかし現代の大人はもはや敵対的ではない。
それはいいことでもあるのですが、皮肉なことに、大人という壁を失うのと同時に、子どもたちは自己の存在感の希薄さにも直面することになりました。
人は他者と向き合ってはじめて、自分を知ることができる。他者とぶつかることが少なくなった現代では、自分が感じられない。だから「自己の存在の確認」は物語の大きなテーマになっています。

本作でも、「自分のことをもっと見て欲しい」と願った少年と、それに応えたいと思いながらも、自分もまた社会の荒波に揉まれる人間のひとりとして、うまく応えることができなかった父親が登場します。
ただ、本作において「自己承認」は、最終的なテーマではありません。そこから進んでいて、存在の希薄さは現代の必然、当然の前提であり、少年の願いは物語の「起点」となります。

少年は母親と暮らしていた。そしてもうひとりの少年と出会った。やがてひとりが殺され、ひとりが逮捕されることになる。
逮捕された少年の父、吉永は建築会社に勤め、大きな仕事を進めていた。しかし事件によって彼の世界は暗転する。どん底に突き落とされます。それでもできる限り少年と向きあって、彼の言葉を聴こうとする。しかし少年は、司法にも、そして父親にも、なにひとつ事件のことを語ろうとはしませんでした。

「ふたりの少年たちの間には、なにがあったのだろうか。そして少年はなにをしたのだろうか(あるいは、なにをしなかったのだろうか)」

その答えを求めて、必死であがく吉永。読者は彼の苦しみを追うことになります。

この小説を読んで、あらためて「物語とはなんのためにあるのだろうか」と考えることになりました。
目的地が最初から決まっていて、きちんと「お約束」を踏みつつ、読者が期待する結末に連れていく。それも素晴らしいプロの仕事です。その難しさも知っているつもりです。しかし本作の物語は違うものらしい。
「お約束」で答えることのできない難問が、人生にはある。それを書くことで突き詰めた。結果、紡がれた物語が、この『Aではない君と』だ。そう感じさせられます。

もしかすると発想の起点のひとつに「保護者は、少年が付添人弁護士に何も話さない場合、自ら少年の弁護活動を行うことができる」という少年法の規定があったのかもしれません(違うかもしれません)。
ですが、「ここまで描けば、後はもうない」という物語の終末は、発想の時点では見えていなかったのではないか。

もしこの物語が「母と息子」であれば、物語の旅も違った形になったことでしょう。母には、たとえ息子が世界を滅ぼしてでも抱きしめる無限抱擁性があり得る。しかし父には、そうした抱擁性はあるものか、どうか。
個人的な話で恐縮ですが、ある女性の社会学者に「母親から“男という生き物は弱く繊細なので、守ってあげないと死んでしまう”と教わって育てられた」と聞かされたことがあります。驚愕したものですが、もしかすると父と母の違いは、そうした弱さから出てくるのかもしれません。
しかし、父だからこそたどり着いた「答え」もあるはず。息子の行為のなにを肯定し、なにを否定すればいいのか。思い悩み、かんたんには解答できない父親だからこそ、理解できることもあるはずだろうと思います。

どこまで描けば、答えにたどり着くのだろうか。作者が、物語の人物の人生をとことん生き、描き、ついにたどり着いた結末。
その旅を共有した読者は、この物語が自分のリアルの人生に、かんたんには消えることのないなにかを残していったことを感じるでしょう。父と息子が、ついにたどり着いた答えを知った時、「この物語に出会ってよかった」と感じることと思います。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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