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江戸の昔と現代の感性の間を、ぶらんこのように揺れてつなぐ世界
歌人、中島歌子の生涯を描き、第150回直木賞を受賞された朝井まかて氏の最新作。舞台は江戸。タイトルにある「ふらここ」とはぶらんこのこと。小児医、天野三哲が、娘のおゆんの小さいころ、庭の山桃の木の枝に二本の綱を渡してこしらえた遊具。
三哲は「面倒くせぇ」が口癖の医者で、やっかいな患者が来ると逃げてしまう。その割に、逆に長々と話し込んだりもして、しかも美人にはだらしがない。その結果、神田三河町界隈ではすっかり「藪のふらここ堂」という渾名で定着してしまっています。
小説の冒頭で描かれる江戸の庶民の暮らしは、ほとんどが共働き。だから子育ては亭主も積極的に関わる。女房のほうが稼ぎが多い時などは、子育ては亭主が引き受けるのも珍しくはない。それも男の甲斐性のうちなのだそうです。
「なるほどなあ」と思って、そこで「男は外で働き、女は家庭を守る」というモデルがすっかり過去のものになってしまい「イクメン」などという言葉も出てきた現代社会が思い浮かぶと、もう朝井氏が描く江戸の暮らしに引き込まれてしまっています。
助けあうのは当たり前。他所の子の面倒を見るのも当たり前。現代人としては、人と人との垣根が低いのに少々驚きもしますが、遠慮なく本音をぶつけあう姿がなんともいい感じ。「男女七歳にして席を同じゅうせず」で、封建の昔は男女の仲もずいぶん堅苦しかったイメージがありますが、実は庶民の間では、恋とは体を合わせてから始まるのが普通。江戸はずいぶんと大らかな社会でもありました。
終身雇用的な安定とはほど遠いようで、お金的な意味では豊かとは言えないかもしれないが、みんなそれぞれに工夫して送る日々。
こんな風に書くとこの作品の描くものが「江戸の昔はよかったなあ」という懐古的な人情という印象を与えてしまうかもしれません。
しかし天野三哲のところにやってくる患者が、過度に娘に期待しすぎる母親であったり、あるいは描写される医療の現場が、なにやら現代の薬品メーカーと医者の関係を彷彿とさせたりと、作中で巻き起こるトピックは現代にも通じる感じがする。
しかしそれは「いつの時代にもある普遍的なテーマ」というような眉根を寄せて語られる雰囲気ではありません。朝井氏はそんな野暮ではなく、もっとユーモラスに、もっとシレッと、現代的な語りを登場人物に語らせたりする。まるでふらここに乗って楽しんでいるような語り口で、それが読んでいて心地いいんです。
現代では、土地によっては地域的な助け合いのコミュニティが復権してきているそうです。立ち飲み屋や、酒屋さんが店で酒を飲ませる角打ちなんかも復活し、女の人でもバブル的なバーより、そっちのほうがいいという人が出てきている(これは自分のまわりだけかもしれませんが)。筆者などは、もうそういうシブいところでしか飲みません。
なんだか昔に帰ってるなあと感じますが、実際、「歴史は中世回帰がトレンド」などという意見もあります。しかしもし自分たちの暮らしの目指す方向が、この小説に描かれるような世の中であれば、それもいいなと感じてしまう。それが登場人物たちに深く感情移入してしまう理由かもと思います。や、そんな理屈抜きに楽しいのですが。
物語が進むに従って、ダメな父親のはずの三哲に、思わぬ出自の謎が出来する。一方、語り部、おゆん自身の恋物語も交差して小説は展開していく。一息で読み終えた時にはきっと「そう! こんな思いに連れていってもらうために、物語は読みたいんだ」と感じることでしょう。
レビュアー
作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。
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