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ついに来たか。来てしまったか。「男はつらいよ」の新時代

2015.08.03
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私自身、男である。「男の中の男」とはいえないが「おっさんの中のおっさん」ではある。そうした男のひとりとして本書を読むと「ついに来たか」と感じる。男子の人生の実存の重さに目を向けられる時代が、ついに来てしまったかと感じるのである。

「なにをいっとるんじゃ」と思う人もいるんだろう。「なにをおっしゃっているのザマス」と感じる人もいるかもしれない。確かに、女の人がその能力を発揮できる社会はなかなか実現しなかった(今も十全には実現していない)。女の人の社会的地位が、文明のバロメーターにさえなり得るということは、十分に承知している。だが男は男で、実はそのロールも結構重いものだったのである。
わたくしごときヘタレは、そうした「男子であることの重荷」を中学のころから感じてきた。

こういうこというと怒られるかもしれないことを承知で書く。中学のころ私はビビっていた。小学校のころはなにも考えずに遊んでいればすんだ。アホヅラで信太山の池でザリガニを釣っていれば毎日が過ぎた。
しかし中学になるとそろそろ現実が見えてくる。高校受験、大学受験、就職と人生のハードルも見えてくる。その競争からは一生逃げられない。
女の人であれば、就職することもできる。その一方で結婚して主婦になるという「選択肢」もあり得る(この辺が怒られるかもしれない。ごめんなさい)。だが男子の場合は、専業主婦ほどには専業主夫という生き方は認知されていない。であれば、働くしかない。
男子は生まれた瞬間から、そういう重荷を背負って生きているのである(筆者注、ただし筆者個人の場合は高校を中退してしまい、早々とそうした競争からは降りることになった)。

その後、数十年が経ち、46歳になったわたくしであるが(2015年8月現在)、正直なところ今でも生活力のある女性の主夫になる夢に満ち溢れている。たぎるほどだ。だが21世紀の現代でも、やはり主夫という生き方が主婦と同等に認知されたとは言えないと思う。男子は依然として競争から降りることができないようだ。

昔はまだなんとかなった。20世紀の工業化の時代は、男子は外に出て働くものである一方、「女性は家庭を守り男を支える」といった価値観や、赤ちょうちんなどの娯楽施設、男性同士の連帯意識、真面目な話、風俗産業まで含めて有形無形のあらゆるインフラでもって「男性」が全力で支えられていた。なによりも私生活よりも仕事を優先させることで、一生の安定が保証されていた。
しかしもう、そうした時代は終わってしまった。いまだに20世紀的な価値観に郷愁を持つ人は少なくないが、実はあれのほうが特殊だったのである。
今までなんとか支えてきたインフラはもうない。しかも安定が失われる一方、新しいロールモデルは確立されていない。それやこれやで、これは現代のイギリスの数字であるが、男は女の4倍自殺しているという。

本書『男性漂流 男たちは何におびえているか』は、そうした男性の生の実存の重さに目を向けた貴重な本である。
恐らくは立花隆さんの1980年代の本『青年漂流』を意識してつけられたタイトルなのだろう。あちらは11人の若者の青春に取材したものだった。その後、30年が経って世に送られた『男性漂流』では、著者が10年もの取材を行い、男性たちの本音を描いている。
正直にいって、読んで、結婚、育児、仕事、そして「老い」へのおびえについて、「ここまで素直に語るものか」と驚いた。男子校出身のわたくしにして、男同士で話している時とはまた違う本音がうかがえて、ちょっとびっくりしたものである。
たとえばある有限会社の社長さんは、事業環境が悪化。その心労のうちに心身の状態も悪くなり、下半身の機能も低下した。その克服が公私によくも悪くも影響を与えていくのだが、とても素直に心境を語っていらっしゃった。恐らくは取材者である奥田さんの姿勢が、そうした「語り」を引き出したのであろう。
夫を理解するために。同僚を理解するために。兄弟を理解するために。そして自分自身を理解するために。ご一読をお勧めいたします。

実は今、物語では男性の生の重荷を扱った作品が増えている。「男はつらいよ」の時代が到来しつつあるのだが、ただ個人的には男子が自分で「男も大変なんだよ」と言ってはいけない気がする。
わたくしの知人の女性学者にも「男は弱い生き物だから、繊細にケアしないと死んでしまう」と教育されてきたという人がいるが、そういうのに乗っかってはいけない気がするのだ。いや、それはプライドの問題などではない。
なんというか……、たとえば、遭難して救助された人に「もう大丈夫だ」と声をかけてはいけないという、あの感じに近い。そうした人に「もう大丈夫だ」と声をかけてしまうと、そこで気が抜けてかえって死んでしまう。だから「おまえはなにをやってるんだっ」と厳しい声をかけて、気力をふる起こさないといけないという。
同じように(?)、わたくしの野性の勘で言うと、ここで自分たちで「そうだよね。男は大変だよね」と言ってしまうと、俄然、めんどうなおっさんが増殖するだけの気がする。ただでさえ街中でクレームつけているやっかいなおっさんをいっぱい見かけるのに。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に“中年の青春小説”『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェル"

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