今日のおすすめ

たかこから見たタラレバ娘

たそがれたかこ
(著:入江喜和)
2015.06.23
  • facebook
  • X(旧Twitter)
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます

最近たまたま読んだ『東京タラレバ娘』と『たそがれたかこ』という二冊の漫画が気になったので、今回はこの二作品について書きたいと覆います。

『東京タラレバ娘』の主人公たちは、東京で脚本家をしていたり、ネイルサロンを経営してたり、実家が居酒屋の一人娘という三人のアラサー女性たち。なにか緊急事態があると、集合をかけて女子会をしています。なんだかんだ言って、それなりにキャリアもあって楽しそうな人たちです。

一方、『たそがれたかこ』の主人公のたかこは45歳。東京(自転車で橋を渡れば日本橋)に住んではいますが、タラレバ娘のような毎日は送っていません。明るくて無邪気だけど過干渉な母親と二人暮らし(ですが、その後、離婚して元夫との間にできた娘も合流したりします)。実家はアパートを経営していますが、毎日、調理場でも働いています。人づきあいも苦手で、ひとりで夜風にあたることすら、母を気にして後ろめたいと思ってしまうような、そんな生活をしています。

私は、タラレバ娘とたかこの、どちらの気持ちも知っている気がします。実家にいたときは、そこまで窮屈ではなかったけれど、やはりどこかに行くときには、なんとなく気兼ねもしていたし、そのまま実家での暮らしが続いていたら、たかこのような、そこはかとない窮屈さを、毎日ちょっとずつ溜めこんでいっていたのかもしれないなと。

上京してからの私は、タラレバ娘のような生活を送ってきたかと思います。編集やライターの仕事につき、誰にも気兼ねしなくていい都会の一人暮らしを満喫し、同じ境遇の女友達もたくさんいる。今ももちろん、そんな暮らしの中にいるというのに、なぜか心にずしっと響くのは、『たそがれたかこ』なのはどうしてでしょう……。

考えてみると、タラレバ娘を読まれた人々は、「独身アラサー女性の自分をえぐるようで痛い」などと言っていますが、その「ヤバイ」ということにも、ファンタジーな部分や娯楽性があるような気もします。そんな読み方ができるのが「若さ」なのかもしれません。

タラレバ娘たちには、それなりにラブ・コメディのお約束であるファンタジーも十分与えられています。イケメンモデルのKEY(この名前は、K-POPファンからすると、SHINeeのKEYくんを思わせます)が、タラレバ娘たちにダメ出しをしながらも、ヒロインの倫子となぜか一夜をともにしたりしますし、倫子の友人の香のかつての恋人の涼は今や人気バンドのメンバーです。

こんなきらびやかな出来事は、ヨン様ブームの後に出てきた『私の名前はキム・サムスン』や、『マイスウィートソウル』に代表される独身女性のための韓流ラブ・コメディの中でしか、私は見てきませんでした。こうしたドラマのヒロインたちは、パティシエや編集職などにつき、ある日突然、イケメン男性から何もしていないのにモテ始めるのです。

でも、そんな非現実的なおとぎ話を見ていたのは5年以上前の話。昨今の女性たちには、そのままでは響きません。きらびやかな仮想世界を描きつつも、この物語には、彼女たちに現実をつきつけるように説教する擬人化されたタラとレバーという存在がいるのです。このタラとレバーの説教によって現実に引き戻される感じがあるからこそ、読んでいる人たちにも、おとぎ話の部分が自分の毎日とはかけ離れていても、危機感だけは自分のことのように感じさせる力があるのでしょう。

ところが、『たそがれたかこ』の場合は、たかこの年齢も45歳ということで、イケメンとの距離にはもっと真実味があります。「タラレバ」では、リアルにセックスもできちゃうイケメンモデルの存在は、「たかこ」の中では、(今のところ)決して交わることのないミュージシャンになってしまいます。たかこは、毎週、母親に早く寝なさいと中高生のような注意をされながら深夜にラジオを聴き、ライブに行くだけでも期待と不安でドギマギしています。娘と一緒に入った喫茶店でふと彼らの曲が、声が聞こえてきただけで、たかこは泣けてきてしまう。少女のものとも違う、中年女性ならではの感受性の強さにぐっときて、なぜか私も中年女性の感受性で泣けてしまいました。

二作を読んでみて、ちょっと前までは、ウソ臭いと思いつつも自分にとっても都合の良い恋が描かれるラブ・コメディも見ていて楽しかったというのに、今となっては、そんな娯楽性やサービス精神よりも、せつなくても切実な気持ちを描いているものに惹かれるようになったのかなと思いました。

それが単に自分の年齢のせいなのか、時代が変わってきたせいなのかはわかりませんが……。

既刊・関連作品

レビュアー

西森路代

1972年生まれ。フリーライター。愛媛と東京でのOL生活を経て、アジア系のムックの編集やラジオ「アジアン!プラス」(文化放送)のデイレクター業などに携わる。現在は、日本をはじめ香港、台湾、韓国のエンターテイメント全般や、女性について執筆中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に「女子会2.0」(NHK出版)がある。

  • facebook
  • X(旧Twitter)
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます