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「女の幸福」の姿が変わったとき、本作は完結できるだろう

働きマン
(著:安野モヨコ)
2015.06.10
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主人公は二十代後半の女性記者、松方弘子。舞台は男性週刊誌編集部である。オトコ社会でオトコにまじり、男性向けの商品をクリエイトする女性の姿は大きな話題を呼んだ。
ただし、松方弘子はいわば狂言回しである。本当の主人公は男性週刊誌を構成する人々だ。編集長、デスク、記者、政治家、作家、スポーツマン、写真家……週刊誌はいろんな職種のさまざまなキャラクターで成り立っている。本作は、それを描く群像劇である。人物を描き分ける作者の筆致は鮮やかで、毎回おおいに魅了されていた。

もっとも残念なことに、マンガという表現形式は群像劇に向いていない(と思う)。読者が気になるのは、主人公の行く末なのだ。
おそらくその声が高かったからだろう。作品は群像劇に一段落つけた後、主人公の恋愛を描きはじめた。
主人公の失恋は、素晴らしかった。群像劇の100倍はリアリティがあった。「神回」と言っていいだろう。おそらくは失恋した(人生においてもっともショックなできごとのひとつを体験した)にもかかわらず、仕事はしなければならぬという、作者自身の経験も溶け込んでいると思われる。

失恋の苦しみを描いた後は、得恋のよろこびを描かねばならぬ。相手も決まっていた。新しい恋人は、職場の同僚の、異性にはあまり興味はないが体力と根性と詩情あるナイスガイだった。

しかし、この恋は描かれずに終わった。作者が病気休養に入ってしまったからだ。

病の理由を詮索するのはゲスの極みである。しかし、「女の幸せってなんだろう?」とマジメに考えてしまったこと、それを作品上で表現できなかったことが、病の要因のひとつとなったことは、ほぼ間違いない。

大人の女性にとって、どういう男性と恋愛するかはとても重要なことだ。松方弘子の恋愛がどんな帰趨をたどるのか、すごく興味があったし、それを作者がどう描くのかにも興味があった。なにより、多くの読者と同様、主人公には大いなるシンパシーを抱いていた。幸福になって欲しいと思っていたんだ。

しかしそれは、過去に誰かが歩いた道だ。
それでいいという考え方もあるし、作者の手にかかればたとえ同工でもまったく異なる曲になるだろう。でも、それは新らしい女性の姿ではない。過去に幾度となく描かれた「女の幸せ」を踏襲するものでしかない。

果たして、女性にとって年齢を重ねることが幸福なんだろうか?
主人公だって会社員である以上、それなりに経験を重ねなければ責任ある立場にはなれない。経験を重ねるとは、(すくなくともある程度は)年齢を重ねることを意味する。

現実には、40歳以上のステキな女性っていっぱいいる。年齢を重ねることが、女性にとってマイナスだとは思っていない。年齢を重ねて美しくなる女性はたくさんいるし、仕事で光る女性もたくさんいる。

でもキャラクターの世界はどうだろう。まだそうなっていないんじゃないか。
40歳越えの女性は、「オバサン」と記号化されるんじゃなかろうか。未婚であれば「オールドミス」と記号化されるんじゃなかろうか。そこから逃れるのはすごく難しいんじゃないか。

松方弘子は偉くなれなかった。年齢を(経験を)重ねられなかった。だから本作は完結できなかった。

男性週刊誌の編集長が美しい女性であり、それがリアリティを持って描かれること。
それは女性大統領の誕生以上に、世界が変わる瞬間だと思っている。

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レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。IT専門誌への執筆やウェブページ制作にも関わる。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』を出版。いずれも続刊予定。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。

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