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万人に理解できるビッグデータ論
「ビッグデータ」とは、じつにイイカゲンな言葉である。
読んで字のとおり、「大きい」量のデータを意味する言葉であるが、じゃあどの程度だと「ビッグ」なのか、説明できる人はいない。何ギガバイト以上だと「ビッグ」で、それ以下は違う、というような明確な基準がないのである。要は、量が多けりゃなんでも「ビッグ」だ。じつにテキトーである。
ITの世界には、こういう言葉がたくさんある。「ウェブ2.0」「クラウド」「マルチメディア」「ユビキタス」……みんななんとなく使っているが、意味のハッキリしない言葉だ。こういうのをひっくるめて、バズ・ワードという。バズ(buzz)とはハチがぶんぶん飛び回るときに出る擬音。要するに、ぶんぶんうるさい言葉だってことだ。
IT業界にバズ・ワードが大量発生した理由は、ざっと考えただけでも3つある。
ひとつは、進展がとても早い点。「ビッグデータ」の「ビッグ」がどれほどの量か定義しないうちに、大量のデータを解析し、利用するのが当たり前になってしまった。要するに、しっかり意味づけする間もなくそう呼ぶしかない現象が生まれてしまったのだ。
もうひとつは、だいぶ緩和されたとは思うけれど、IT業界にはすごく閉鎖的なところがあって、部外者には理解できない符牒で話すのをよしとするような風土があることだ。たとえば、tagをelementと呼んだりする。「その方がカッコよさそう」以外に理由を思いつかない(それ以外の理由があれば教えてください)。ナオンつれてヒーコ飲んでズージャきくと同じじゃねえか。
もうひとつは、IT業界は符牒で話すおたくばっかりのところだったんだけど、当人たちのあずかり知らぬところで、ビジネス的に重要なものになってしまったことである。世界第1位の企業はアップルだぜ。後も推して知るべしだ。
この「ビジネス」を好む連中は、意味も定まってない新しく聞こえる言葉を使いたがる。エコノミストなんて半分ぐらいそうだろう。その影響は大きい。
新書で知識をつけるのは賛否両論あるし、クオリティの問題もあるからそれを勧めたいとは思わない。みんなわかってると思うけど、本は形式じゃないからね。ただし、新書という形式が手に取りやすく通勤のお供に最適なのは間違いないと思っている。
近年はそうでもなくなってきたが、以前はIT系の本って難しいのばっかだった。これはカンチガイされやすいところだけど、専門の言葉でそれを理解できる人に語るって、じつはもっとも簡単なのだ。符牒が説明もなく使えるからね。
相手が誰であっても理解できる、届く言葉で会話すること。これがいちばん難しい。もっとも困難なのは聞く気がまったくのない人に聞く耳を持たせること。これは本当に大変だ。実行のためには強い意志がいる。書籍ではあまり例がないけど。
いずれにせよそこでは、「会話に符牒を使ってならない」はいわば金科玉条となっている。符牒には、人を選ぶ以外メリットがないのだ。そこでしか生きていないのがよくないのは、符牒と届く言葉の区別ができなくなってしまうことである。
本書はシリコンバレーで営業や経営を経験した主婦、海部未知さんを著者に据えている。なによりその人選が素晴らしい。海部さんの勉強ぶりはほんとに大したもので、たくさんのことを教えてもらった。
本書のターゲットである中年サラリーマンも、多くの知識を得ることができただろう。居酒屋でジョッキ片手に若手社員に向かってビッグデータとは何か講釈をたれるオッサンの姿が目に浮かぶようだ。
本書でいちばん感動したのは、「捨てられない主婦のようにデータはたまる」という表現である。感服した。
ここには、情報が蓄積されていく様子だけではなく、それを役立てるためには一定の能力が必要な点まで活写されている。付け焼き刃に勉強しただけじゃ、この言葉は出てこない。海部さんだから語れたことだろう。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。IT専門誌への執筆やウェブページ制作にも関わる。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』を出版。いずれも続刊予定。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。
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