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強い力を持つものが国力を引き上げていく……それがもたらしたものは不幸でしかありません
「何かが、この時期に巨大なかげりのようなものとして日本人の心の上を横切り、それ以前とは異なった精神状態に日本人をひき入れたのではなかろうかという印象を私はいだいている。精神的な大亀裂に似たものがあったのではないか、そしてそれ以来、日本人はそのことに気づかないまま、不思議な欲望に次々と操られ始めたのではないだろうかというような感想である」
この時期とは20世紀初頭のこと、日露戦争直後のことでした。橋川さんは昭和維新の源を明治末期のある雰囲気に求めているようです。
その雰囲気とは何だったのでしょうか。橋川さんは石川啄木の「時代閉塞の現状」というエッセイを引きながらこう記しています。
「青年の疎外感、根無し草の悲哀・疎外感を包みこんでいたのものは「あまねく国内に行亙っている強権の勢力」にほかならなかった」
そしてそれが時代の不幸を生み出す淵源だったのです。
疲弊した農村、過酷な労働にあえぐ都市、その時、日本(の支配層)が求めたのは、国際間で一級と認められるように日本を作り上げていくことだったのです。列強(帝国主義諸国)に負けぬ力(軍事力と経済力)を持つ強い国になるようにと、国内の格差や差別を顧みずに、というより助長しながらといってもいいかもしれません。
強い力を持つものが国力を引き上げていく……どこかで聞いたことがあるような国策です。それがもたらしたものは不幸さとでもいうしかないものでした。
「私はもっとも広い意味での「昭和維新」というのは、そうした人間的幸福の探求上にあらわれた思想上の一変種であったというように考える」
と、昭和維新の底流にあったものが格差・差別への怒りであったことを橋川さんは剔抉していきます。
ではこの運動は正しかったのでしょうか? 目的は手段を正当化しませんでした。また、二・二六事件でいえば、青年将校の中には人格者として優れた人もいたのかもしれません。けれど彼らの思いは(昭和天皇に対しての思いを含めて)空転していったのです。この事件が大きく日本の道を誤らせる一因になったことはいうまでもありません。
解決することができなかった、日本の不幸・格差はその後も残りました。それが大陸(満州)への得手勝手な夢を日本人にもたらせもしました。そして敗戦……。
戦前の不幸や格差は消えたのでしょうか? 縮まった一時期もあったかもしれません、けれど無くなることはありませんでした。今も形を変えて残っているのです。だからこそ、幸福・平等への希求をなくしてはいけないと思います。
ところで、北一輝が二・二六事件で決起した青年将校に大きな影響を与えたことに触れて橋川さんはこう記しています。
「ロマンチックな反逆精神と天才主義的な絶対帰依の傾向とが北思想の特性であるとすれば、その前者は青年将校の正義感情に、後者は、選ばれて天皇擁護の使命を担うという青年将校のエリート意識に訴えやすかったはずである」
青年将校の心情分析として確信を得たものだと思います。日本の精神史に鋭い考察を与え、『日本浪漫派批判序説』でそれまでタブー視されてきた日本浪漫派(とりわけ保田與重郎)の再評価(再検討)をした橋川さんならではの指摘だと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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