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火花散らす論戦こそが今必要なことなのかもしれません。政治哲学が不在な日本では……
(著:小川仁志/萱野 稔人)
とても挑発的な本だと思います。誰に対して挑発的なのか。萱野さん、小川さんの二人の間でもあり、読者との間でもあり、またここに取り上げられた哲学者たちへのものなのかもしれません。
哲学といってもさまざまなものがあります。哲学内でのギリシャ哲学、分析哲学などや、論理学、倫理学といったものもありますし、また政治哲学、経済哲学といったように呼ばれるものがあります。この本で対論されているのは、どちらかというと政治哲学といったものが中心になっているように思います。(もちろん学問論、倫理学なども語られてはいますが)
政治哲学には権力論への考察が必須です。その意味でもこの本の白眉はカントの『永遠平和のために』、ウォルツァーの『正しい戦争と不正な戦争』、フーコーの『監獄の誕生』について論を闘わせていた章ではないかと思います。
世界共和国を志向している小川さんと諸国家連合を志向している(それはカントの志向でもあるのですが)萱野さんの激論はとてもスリリングです。
「世界にはさまざまな文化があり、それぞれ価値観や事情も異なっています。世界政府のもとで意思決定をするということは、そうした文化や価値観、固有の事情を超えて、特定の文化や価値観によってものごとを決定するということです。(中略)これは言語の点から言うと、個々の言語を抑圧して世界言語で集団的意思決定を行うということです」(萱野さん)
それに対して、英語公用化論者でもある小川さんは、その対立を公用語化によって乗り越えるべきだと主張して、お互い火花を散らしているかのような激論を交わしています。一見現実論者と理想論者の対立のようにように見えますが、それぞれが言語論まで視野に入れていることによって対話に深みのような多様性の萌芽を読むものに感じさせます。
フーコーでは「規律訓練型権力」にふれて萱野さんから重要な指摘がなされています。
「一つは、規律型権力は決して抑圧的に作用するのではない」
「もう一つのポイントは、規律訓練型権力とは身体を管理するテクノロジーとして理解されなくてはならないということです」
この特性から
「規律訓練型権力はテクノロジーですから、単純に「反権力」とは言えないということです。従来型の権力のように「権力」対「反権力」という図式が成り立たないという点が、フーコーが論じている問題の本質です」
と、フーコーの分析を通じて私たちがどのような権力空間の中に生きているのか(生権力!)を対論を通して明らかにしています。
社会活動家の一面を持っている小川さんには分析の先にある具体的な代替案がフーコーの著作からは感じられないという批判も提出されています。もちろん、フーコー自身はさまざまな社会的な実践活動を行っていつのですが、フーコーを私ある種の手本にしている人たちがややもすると、フーコーの分析の鋭さだけを真似てきて実践行動がいたらないことになっていることへの小川さんからの批判があるのかもしれません。
「哲学という知的営為が、言葉によってものごとの本質をとらえることにある以上、それこそものごとの存在や、あるいは人間の活動でもいいのですが、そこで機能しているロジックを探り、それを言葉で説明できないと、哲学にはならないわけです」
という萱野さんの哲学宣言がそのまま現実への問うそう宣言になっているのではないか、そんなことを感じさせる一冊でした。
ここで取り上げられたプラトンから和辻哲郎までの22人の哲学者の人選では、いやあの人がいないとか感じる人がいるかもしれません(たとえば、ニーチェやベルクソン、あるいはヴィトゲンシュタインとか……)。けれど政治哲学という視点ではここに取り上げられた人たちでいいのではないかと首肯するところがあります。またさらにいえば、ほかの哲学者の著作についてふたりがどのような論を闘わせるのか、といった興味もまた新たにかきたてられてきます。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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