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伝統芸能はいかにして生きるべきか

昭和元禄落語心中
(著:雲田はるこ)
2014.10.09
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落語は、能や浄瑠璃、歌舞伎などと同じ伝統芸能である。

長く受け継がれてきたものを守る。
それが伝統芸能の意識ならば、落語もまたそういう意識を濃厚に持っている。

もっとも、落語はほかの芸能に比べると、ずいぶん自由な存在だ。

以前、橋下徹大阪市長が文楽(人形浄瑠璃。大阪で発展した)への補助金をどうするかで大もめにもめたことがあったけれど、ああいうことは落語では決して起こり得ない。

なぜって、落語は基本的に、国や地方自治体からの補助金をほとんど受けずに成立しているからだ。自分の足で立つことができているのである。
そういう伝統芸能は数すくない。

近年、六代目文枝を襲名したタレント、桂三枝さんは次のように語っている。
「我々は時代に合わせて生きていくのが一番大事なことだ」

落語は、時代に応じて柔軟に変化してきた。
伝統を守るために変化を拒んだりはしなかった。

簡単なことじゃない。変わるってことは捨てるってことだから。
失われてしまうものがたくさんある。それを惜しむ声も多くある。

桂文枝や笑福亭鶴瓶、春風亭小朝などは、タレントとしての知名度のほうがずっと高い。だが、彼らにはおそらく「自分が有名になることで、落語を存続したい」という意識があるだろう。

また、毎週日曜夕方に放映される『笑点』は、初放映1966年ながら、いまだに高い視聴率を叩き出すオバケ番組になっている。
(噺家が大喜利をやり、それを放映するという『笑点』のシステムを考えだしたのは立川談志だそうだ)

『笑点』に出演している噺家も、メンバーに選ばれたのは大いに名誉に思いつつ、それが自分の本分だとは考えていないだろう。
「『笑点』は、あくまで広告塔」「自分の本分は寄席」という意識は心のどこかにかならずあるはずだ。

噺家のこういう心がけあってのことだろう、落語には若い入門者がたくさんあると聞く。毎日落語をやっている寄席や演芸場も都内だけで数軒ある。
落語は安泰なのだ。
むろん、背景には変化を厭わぬ落語の努力がある。噺家個人の努力といってもいい。おそらく、そうした努力さえ仕事にするようなシステムも構築されているのだろう。

話が長くなった。『昭和元禄落語心中』である。

ここには、SF的な設定がひとつだけ導入されている。寄席は東京に一軒しかなく、若手真打は主人公しかいない。
つまり、現在の落語の隆盛はないものとして描かれているのだ。
そういう中で噺家を目指すということは、滅びの道をたどるに等しい。なぜ守らねばならないのか。どうサバイヴするのか。
それが不断に問いかけられている。

この作品、講談社の『ITAN』という新しい形態の雑誌に連載されながら、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、講談社漫画賞をダブル受賞している。「このマンガがすごい!」ランキングも第2位に選出された。すごく評価が高いのだ。

そういう作品の主人公が噺家であり、テーマが落語であることに、感慨を覚えずにいられない。

どんなに『笑点』人気が存続し、噺家人口が増加したところで、寄席なんて近寄らずに過ごす人はすごく多い。落語なんて一生聞かない人だって当然のようにいる。

そういう中、あえてこの設定を選択しているのは、落語を愛するニッチな層に訴えることを考えているからだろう。
作品における落語の取り上げ方も単なる興味本位ではない。落語のストーリー紹介に、驚くほどページをとっている。マンガの本筋とはまるで関係ないのに!

マンガもまた、伝統芸能として存続していくだろう――。

少なくとも、この作品の高評価はそこから生まれている。

材料費が限りなくゼロに近い電子書籍、無料が基本のインターネット(スマホアプリはその応用技術である)の上でどうサバイヴしていくべきか。多くのマンガ作家、編集者が試行錯誤している。

落語はどうして生き残ることができたのか。
伝統芸能はどうやって自分の足で立つべきか。

落語が示唆することは、とても多いにちがいない。

既刊・関連作品

レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。IT専門誌への執筆やウェブページ制作にも関わる。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』を出版。いずれも続刊が決まりおおいに喜んでいるが、果たしていつ書けばいいんだろう? 「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。

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