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“コミューン”を生きてきた生徒たちの悲喜劇の姿もあるのではないでしょうか。その原さんの繊細な感じ方こそがこのノンフィクションを希有なものにしているのだと思います

滝山コミューン一九七四
(著:原武史)
2014.04.15
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日本中を巻き込んだ全共闘運動も、その後に続いた新左翼運動も、連合赤軍事件や内ゲバを経て急速に影響力が失墜していた1974年、東京郊外の小学校で生徒たちの自由、自治を大きな目標とした教育運動が起こりました。マンモス団地の出現を背景にした住民と生徒数の増加がその運動の遠因のひとつになっているといえるようです。新住民たちが既成のPTAにはさまざまな問題がはらんでいることに気づかされたのです。そのような生徒の親たちのはじめたPTAの改革運動は大きく広がり、小学校の体制変革をもたらし、さらには全校生徒を巻き込む大きな運動となっていったのです。

原さんが名付けた“滝山コミューン”がその運動体です。そこで行われたのはなんだったのでしょうか。それは、生徒の自発性を重んじた自治というものでした。では自治は度王行われたのでしょうか。その実態は、生徒自らが立候補し選挙を行う代表児童委員会や班を基礎グループとし役割(係)を競い合わせる班競争(これには役割を得られなかった班への相互批判が含まれていたそうです)などで作り上げられたものだったのです。さらにそこで生まれた代表児童委員会を核として、この小学校は学級集団づくりと全校集団づくりを目指したのでした。

原さんはひとりの生徒として、その学校で過ごしているときから“コミューン”に対して違和感を持っていたそうです。30年後、原さんはその違和感の正体は何だったのかと追い求め始めます。
いったいこの学校は何を求めたのだろう、民主的で自由だと生徒たちに思わせたものは何だったのだろうと……。自治という姿の後ろでなにか生徒に強いているものがあったのではないかと……。

なぜ自治をいっていた生徒が自らなにかに従うようになった(見えた)のでしょうか。それは中にいる人たちがどんなに民主的、自発的にふるまっているように見えようともその共同体が閉じられていること自体が自発的なものを生まないのではないでしょうか。所属させられている共同体が閉じられていれば、どのような人であっても、またどのような理念を持っていても、いつのまにか所属させられている共同性にそうように自然に(自発的に!)従ってしまうからではないでしょうか。

さらに加えて教師が指導・教導としてその共同体の唯一の外部として指導していたのです。これは教師が監視装置でもあり絶対者でもあるという位置を持つということにほかなりません。その内部にいる者はどんなに自発的にふるまっているようにみえても、その絶対者からの視線から逃れることはできません。そしていつの間にか主体である個人性を喪失(自ら抛擲)してしまうのです。

そのようにして成立した“コミューン”は唯一の外部(指導した担任教師)の転任であっけなく崩壊へむかってしまいます。この“コミューン”にあった(と思われた、思わされた)自治や自由は、監視下で強制された自由と自治だったのです。それこそが逆説的に“コミューン”自体が非自立的なものであったのをあかしているように思えてなりません。

もちろん原さんはそんなことを知りたかったわけではないでしょう。取材で再会したかつての同級生から話を聞いた原さんは驚かされます。当時、その人は原さんからは積極的に“コミューン”に参加している生徒の代表のように思えていたのです。けれどそうではありませんでした。その人も実は当時から大きなストレスを抱えて、卒業後もずっとそのことに悩まされていたというのでした。

その一方で、ある年の同窓会の席上でこの“コミューン”の話をしたにもかかわらず大半の同級生がほとんど記憶にとどめていない、覚えていなかったことに気づかされます。原さんの心にはなにやら憤りめいたことすらわいてくるのでした。いったいあの学校生活はなんだったのだろうか。あの積極性はどこへ消えてしまったのか。それともあの積極性は作りものだったのだろうか。あるいは、原さんには幻影とすら思えたのかもしれません、たしかに生きてきたはずなのに。

そこにこのノンフィクションの素晴らしさがあると思います。そしてこの“コミューン”を生きてきた生徒たちの悲喜劇の姿もあるのではないでしょうか。その原さんの繊細な感じ方こそがこのノンフィクションを希有なものにしているのだと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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