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この天才の最後の芸は何度でも見たく、聞き返したく、そして読み返したくなるものなのです。

遺稿
(著:立川談志)
2014.03.24
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噺家の魅力は高座で演じられる姿で感じなければいけないのは当然だから、この家元の素晴らしさも高座で演じられた、たとえば“芝浜”を見てその真価を知らなければならないものだとは思います。

けれども病に倒れた噺家は高座に立つことができませんでした。しゃべることすらできない最後の日々に家元が選んだ芸がこの本(文章)を書くことでした。だから、この本は彼が今まで書いてきた彼の芸の解説などではありません。この文章自体が彼の芸であり、書いているところがいわば見えない高座だったのです。

この本のどの一節を取り上げてもいい。すべて彼の高座のマクラになっています。家族のこと、師匠連や落語の世界のこと、政治(政治家だったのだからあたりまえ?)のこと、先に逝ってしまった友人たちのこと、尊敬する人たちのこと、噺家なのだから当然かもしれませんが世評にまつわることを、驚異的な記憶力をもとに語られています。もともと世間並みの常識や先入観に挑み続けていた家元ですからその口調は衰えることがありません。ダメなものには容赦が無い。けれど南道郎やリーガル万吉や小林陽一など、今ではなかなか見ること、聴くことのない人たちへの家元の独特の愛情あふれる語り口は絶妙だと思います。

この恐るべき記憶力の持ち主にはぜひ戦後日本の演芸史を書いてほしかったと思います。元祖毒舌家だけに辛口な世評、人物評はもちろん大得意でしょう。それを唯一無二のマクラにして書いて欲しかった。

家元は戦後の落語界を一人で変革して、一人で幕をとじていったように思えます。毀誉褒貶はひとさまざまにあると思います。また、その跡を継ぐ噺家がいるかどうか、また必要かどうかは分かりません。でも好き嫌いを越えてやはり天才的な噺家だったことはまちがいないです。そして、この天才の最後の芸は何度でも見たく、聞き返したく、そして読み返したくなるものなのです。

でもふと思ってしまいます、本当はこの本はマクラなのだから、それに続いて演じられる古典噺を家元流に完成させた高座のすべてを見てみたいと……。この本の続きは家元が残したいくつかの映像作品で味わってみるのがいいのかもしれません。それがこの本の本当の味わい方なのかもしれないと思っています。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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